( ´∀` )< ぬるぽ
語り終えると、ハナちゃんはすっかり冷めたお茶を一口飲んだ。
突っ込みたいところは多々ある。
多々あり過ぎて、どこから手を付けようかという状態なのだが。
まず真っ先に確認したい事がある。
「では……、ハナさんのご両親は、ご存命なのですね?」
「はい」
私の問いに、ハナちゃんが笑顔で頷く。
良かったぁ~!
この雑世界観な生鮮王国で、『ヒロインが天涯孤独』はどう扱ったものか……と思ってたんだよねー!
私も言っても侯爵令嬢だし。生活苦とかは無縁だし。両親健在だし。
苦労知らず系令嬢だから、身内にご不幸のあった人とか、どう接したらいいか迷っちゃうのよね。
「他のフローラさんのご両親も健在です。母から送られてくる写真に、ちょいちょい写ってますから」
更に安堵!
「あと、アンさんに見て欲しいものがありまして……」
言うと、ハナちゃんは膝の上に置いておいた小さなバッグをごそごそと漁った。
「これですが……」
言いつつ取り出したのは、何かの紙片。
ついっとテーブルの上を滑らすように差し出された紙片を覗き込む。
ぐ、英語か……。
ハナちゃんが差し出して来たのは、どうやらライス帝国内の新聞か何かのようだ。
英文字がずらずら並んでいる。
ハナちゃんは英検四級と言っていたが、私は英検は三級だ。英語の授業で取らされた。取れなかった場合、休日返上で補習だったので、死ぬ気で詰め込んでなんとか合格した。
そして当然そんな知識、試験の終了と共にどこか忘却の彼方へ吹っ飛んでいった。
今は立派な英語アレルギーだ。
英語で道を訊ねられ、声をかけてきた外国の方に心配される程フリーズした事もある。
後で家へ帰って冷静に考えたら、中学生英語で充分に対応できたのに……と項垂れたりした。
うっかりどうでも良いアレルギー反応で「うっ」となってしまったが、ここは冷静にその紙片を見る事にしよう。
写真が掲載されている。モノクロで印刷が粗いが、十名程度の男性が笑顔でわちゃっと写る集合写真だ。
が、良く見てちょっと真顔になってしまった。
何だ、この写真?
写っている男性は何人か、頭から泥か何かを被っているようだ。
そして首には全員、ハイビスカスっぽい花で出来たレイ。それともう一つ、泥をかぶっていない人の首には『?』と書かれた安っぽい感じの首飾り。
いや、まさか……。そんな……。
写真の上には、大きめの文字で見出しが。
『If you win, you're in heaven. If you lose, you're in hell.』
私の英検三級頭脳による翻訳では『もし勝ったなら天国に。もし負けたなら地獄に』。
見出しのすぐ下に、それよりは小さめの文字で『Intelligence, physical strength, and the luck!』と書かれている。
「それは、母が送ってくれたものです。父が写っています。どうやら、新聞の日付からして、父たち一行がライス帝国へ上陸したその日の出来事だったようです」
ハナちゃんは、一つ溜息をつくと言葉を続けた。
「あと、母が父から聞いたそうですが、ライス帝国へ行く途中の船内では、問題が四百問もあるペーパーテストがあったそうです」
何てこった!!
四百問ペーパークイズ! そして泥をかぶった人……!
頭の中に唐突にアナウンスが流れ出した。
そう。さっきの英文の正確な訳だ。正確な訳というか、元ネタだ。音声は勿論トメさんだ。
「『勝てば天国、負ければ地獄』……」
ぼそっと呟いた私に、ハナちゃんが頷いて続けた。
「『知力、体力、時の運』」
そう、これはあの懐かしのクイズ番組『アメリカ横断ウルト〇クイズ』じゃないか!
首から下がった『?』の首飾りは、勝ち抜けた人が貰える勝者の証だ。
「まさか、ライス帝国横断クイズを!?」
「やったそうです……。それで、帰国が遅れたそうです……」
「バカなの!?」
主に、ライス帝国のお役人様!
「帝国側からはきちんと、『こういう趣旨のレクリエーションをやる予定なので、帰国はこれくらいの日程になる』と書簡があったそうです」
あ、ちゃんと話通してあったんだ。
「その書簡が、外務省の書類の山から発掘されたのが、つい二か月ほど前です……」
バカなの、ウチの国のお役人だった!!
企画の趣旨としては、ライス帝国での『新たな観光の目玉』として、『帝国横断ウルトラクイズツアー』なるものを考案したのだそうだ。
が、『内輪ウケ企画は外部から見るとサムイ』という意見が、観光企画課の人間から出たらしい。
……どこの『内輪』でウケていたのだろうか……。日本のテレビ局だろうか……。
そんじゃまず、外の人にテストしてみよう! となったところへ、都合よく商店街ご一行の視察の申し出があったそうだ。
これじゃね!? これだよな! と、あちらの観光企画の人々が食いつき、何も知らされていない一行を騙し討ち同然で『横断クイズ』のテスターとして選出したのだそうだ。
「……なんって、羨ましい……!」
思わず呟いてしまった。
何を隠そう(隠してないが)、前世の子供の頃の夢が、そのクイズ番組に出る事だった。
知力と体力と時の運が必要ではあるが、勝ち抜けさえすれば旅費をテレビ局持ちでアメリカへ行けるのだ。
アメリカ大陸に上陸は難しくとも、グアムくらいなら行けそう!と、テレビを見て憧れていたのだ。
が、私が大人になる頃には、その番組は終了してしまっていた……。
不景気が……、不景気が全部悪いんや……!!
視線を感じ、写真を食い入るように見ていた目を上げると、ハナちゃんが私をじっと見つめていた。
え、何……? もしかしてハナちゃん、私に恋を……!?(トゥンク)
ハナちゃんは少し潤んだ瞳で、私をじっと見たまま小さく息を吐いた。
「良かった……」
え? 何が?
「この写真を見て、即座にあの番組のパロだと理解されるという事は……、アンさんは『平成後期生まれの十六歳☆ 学校帰りにトラックに撥ねられ、気付いたら不思議な異世界! 私これから、どうなっちゃうの~!?』という感じではないのですね……」
僅かに嬉しそうな口調で言うハナちゃん。
まあ、はい。
平成後期なんて、ゴリゴリに成人済みですよ。なんなら、既におばちゃんですよ。
そして事故死でも何でもなく、単純な寿命だろう。病死ではあるが。
「……お察しの通り、昭和生まれです……」
悪かったな! 若くなくて!
けれどハナちゃんは、嬉しそうに微笑んで右手を差し出して来た。
「同じく、昭和生まれです。アンさんが十代とかだったなら、どう話をしたらいいかと戸惑っていたので嬉しいです」
確かに、そうかも。
私はハナちゃんの差し出してくれている手を、ガシィ!と握った。
ハナちゃんも力強く握り返してくれる。
おばちゃんからすると、若い子はちょっと『分かんない』からねぇ。
話が通じそうな年代の相手、というのは、この訳分からん異世界において有難いものでしかない。
私の手をしっかりと握ったハナちゃんは、また一つ息を吐いた。
「しかも、あの番組に憧れていた同士でもあるだなんて……!」
「ニューヨークへは行けないでしょうけど、グアムくらいなら……!と思ってました」
「私はグアムで飛行機から降りられないだろうけど、成田でじゃんけんがやりたかった……!」
ハナちゃん、基本的にちょっと色々低いの、何なの!?
成田空港くらいなら、フツーに自費で行けると思うんだけど……。何しに行くかは分かんないけど。
ハナちゃんとちょっと前世の話題で盛り上がり、結論として、互いにほぼ同年代である事が分かった。
お互いに生まれ年なんかをぼかしつつ話してるから、正確には分かんないけど。
某そばかすなんて気にしない女の子のアニメでは、ハナちゃんは大叔父様派で、私はフツーに王子様派だとか。
セイコちゃんかアキナかとか。
そんな話題でひとしきり盛り上がり、何となく仲良くなった。
仲良くなれて嬉しいなー、というような事を言った私に、ハナちゃんは「フッ」とニヒルで陰のある笑みを浮かべた。
「女の友情なんて所詮、カバーガラスより脆いんですよ……」
前世、何あったの!?
あとその友情、幾らなんでも脆すぎない!? どうでもいいけど、『カバーガラス』なんて久しぶりに聞いたわ!
ホウセンカの茎で切片を作る……とかいう実験で、カバーガラスぺっきぺき割りまくったし、ホウセンカも上手く切れなくてゴミ量産したわ。
そんなどうでもいい事を思い出した。
まあ、ホウセンカは置いといて、だ。
「ハナさんのお話では、『商店ランク』と『評判ランク』は、ゲーム中と異なった動作をしている……ということでしたけれど」
「はい。というか、考えてみたら『そりゃそうだよね』としかならないのですが……。アンさん、ゲームの『商店』の初期状態を思い出してみてください」
初期状態……。
「三×三の九マスで、一×二の冷蔵ケースが一本、ケースの容量は五アイテム……」
じゃなかったかな? まあこれは肉屋の場合だが。
「はい。我が家の場合、そうです。そこから、ランクに応じて店舗の拡張が可能になる訳ですが……」
ハナちゃんはお茶を一口飲むと、小さく息を吐いた。
「アンさんは我が家をご覧になられたので、分かっていると思いますが……、我が家の両隣、建物が既にありますよね?」
「ありましたね」
建ぺい率の関係で両家の間に数十センチ程度の隙間はあるが、まあ『密集して建っている』と言って差し支えない程度にはギッチリ建物が並んでいた。
「あそこから店舗を拡張……となると、お隣の土地を買い取るしかありませんよね? でもそれ、現実的には中々難しくないですか?」
「確かに……」
既にそこに暮らしている人に立ち退きを要求する形になる。
中々、というか、かなりのハードルの高さだ。
「ゲームでは背景スチルは一枚こっきりでしたので、『間口は変わらず、中だけどんどん広くなる』という理不尽がまかり通ってましたけれど」
「……現実でそれをやろうとしたら、猫型ロボットか何かが必要になりますね」
「そうなんです」
お店の広さは、最終的に八×八マスまでの拡張が可能だった。
だが確かに、それを現実に置き換えて、そこまでの敷地の拡張をやろうとすると、ほぼ不可能なのでは……というレベルで難しい。
あと、ゲームだと拡張資金はそれ程かからなかったけれど、王都商店街は地価がかなり高いのだ。お隣の敷地を買い取る……となった場合、ゲームで提示されていた額では到底足りない。
「そういった、『ゲームと現実の齟齬』が幾らかあるんです。ですので、ゲームのパラメータなんかは、殆ど宛てにならないと考えた方が良さそうなんです」
はー……。
成程なー……。
お気楽にイベントウォッチするだけの私と違い、ヒロイン転生なハナちゃんは流石に色々考えてんだなー……。
「パラメータは宛てにならないというか、私たちに確認のしようもないのでどうにも出来ないというのが正確なところですが……」
やっぱそうよなー……。
でも待てよ?
「ハナさん、ちょっと『ステータスオープン!』とか言ってみてもらえませんか?」
私が言っても何も起こらなかった。
そらそうだ。
私はモブもモブだ。
私自身に設定されたステータスなど、ゲーム中には存在しないのだから。
けれど私の言葉に、ハナちゃんはそっと視線を逸らすように俯いた。
「……お恥ずかしながら、幼少の頃に言ってみた事がありまして……」
「ステータスウィンドウ、出ましたか!?」
「……出ませんでした……。ええ、出ませんよ! そりゃ、出るワケありませんよ!」
余程の黒歴史なのか。
ハナちゃんがやけっぱちになってしまっている。
「いや、でも、もしかしたら『幼少の頃』だったのが悪かったのかもしれないじゃないですか。今ならゲームも開始されてるので……」
「そんなに言わせたいんですか!?」
はい。
だって、出たら面白いじゃん。
「じゃあ、やりますよ! ええ、やってやりますとも! それじゃあ、いきますよ! 『ステータスオープン!』」
めっちゃヤケクソな口調でハナちゃんが吐き捨てると、ハナちゃんの目の前にホログラフのようにピンク色の四角い板っぽい何かが現れた。
「出たーーー!!!」
「ええぇ!? 何で出るのーー!?」
二人で絶叫だ。
私は慌てて席を立つと、ハナちゃんの背後に回り込んでみた。
そのピンクの何かは、本当にステータスウィンドウだった。
今日の日付や、ハナちゃんのプロフィールなどが書かれている。
そして肝心の商店ランクの項目だが……。
『現在の商店ランク : <Null>』
『現在の評判ランク : <Null>』
「ぬるぽ……!!」
思わず呟いてしまった私に、ハナちゃんが小声で「ガッ……」と言ってくれた。ありがとう、ハナちゃん。
じゃなくて!
「エラー吐くくらいなら、このステータスウィンドウ自体、要らなくないですか……?」
溜息と共に吐き出されたハナちゃんの言葉に、ただただ頷くしかない。
「あとこれ、どうやったら消えるんですか……?」
「そう言えば、消し方は分かりませんね……。オープンで開いたのですから、クローズで閉じるのでは?」
ハナちゃんが「ステータスクローズ」と言ってみたが、ウィンドウは開いたままだ。
「消えませんけど!?」
「もしやハナさんは、この先一生、目の前にピンクの板を見続ける運命に……」
「嫌すぎる!!」
それから数分間、私とハナちゃんは、ピンクの板を消す方法に四苦八苦する事となるのだった。




