こうして、舞台は整った。
一丁目から三丁目までの三つの商店街が合同で、ライス帝国への視察を企画した。
ライス帝国は元ネタがアメリカなだけあり、この世界でも大国だ。
国土は生鮮王国の十倍くらいはあるし、文明も進んでいるし、軍事的にも強大だ。『世界の騎士団』とか呼ばれてるらしいし。
……『世界の騎士団』て……。いやまあ、実際のところ、この国における騎士団も警察みたいなものだけども。警邏の騎士様なんて、めっちゃ『町の巡査』感ありまくりだけども。
そんなライス帝国は、農業先進国でもある。
広大な国土を活かして、どえらい広い牧場や畑を、合理化を推し進めて少人数で経営する。
その低コストの作物を、他国へ輸出する。
輸送費や関税を考慮しても、自国の作物より安くなるものは幾らでもある。
やり方を全部真似は出来ないが、取り入れられる部分はあるのでは? という事から、今回の視察になったらしい。
が、お父さんに見せてもらった行程表を見る限り、半分くらいが観光と遊びだ。
『湖でカヤック体験』とか、絶対農業関係ない。
自動車も列車も飛行機もない世界なので、別の大陸への移動は船になる。
陸上は馬車が走っているけれど、造船技術はかなり進んでいるのが不思議だ。……まあ、今更この世界に突っ込みを入れる気はないけれど。
私が暮らす聖セーン王国は、小さな島国だ。
どれくらい小さいかというと、九州くらいの小ささだ。
それを基に世界地図を見てみると、この世界全体が地球より大分狭い事が分かる。
『広大』なライス帝国にしても、北米大陸の何分の一くらいの大きさでしかない。
聖セーン王国~ライス帝国間には定期航路があり、片道約五日である。乗船料の高い高速船なんかだと、もっと早いらしい。
因みに世界地図は、限りなく地球の世界地図に似ている。
道行く人に『記憶を頼りに世界地図を描いて下さい』とペンと紙を渡したら、多分こんな感じの地図を描く人が多いんじゃないかな……という雑な感じの地図だ。
大陸の図に非常に凹凸が少なく、大きめの緩い円と緩い四角や三角で構成された感じの地図だ。
聖セーン王国を地図の中央に据えると、ライス帝国は海を隔てた右側、東へまっすぐ行った所だ。
そのライス帝国への視察(という名の、観光旅行)へは、各商店街から三人と、通訳を兼ねた商工会の役員の方が二人の合計十一人での旅だ。
商工会長さんは、役員の方に「到着したら一報を入れてくれ」とお願いしていたらしい。
海洋事故はそう多くはないと言え、全くない訳ではない。無事に到着したら、それだけでいいから報せてくれという事だ。
片道五日。
通信手段は手紙くらいだ。電話やメールのように、即時に報せる手段などない。
手紙も片道五日(プラスアルファ)かけ、どんぶらこと船で揺られてやってくる。
単純に計算して、五日間かけライス大陸へ到着し、手紙を書いてこちらに届くまでにもう五日。足して十日間。
貨物は客船より船速が遅い事などを考慮しても、二週間――十四日間もあれば届きそうなものだ。
が、三週間経ってもなしのつぶて。
これはおかしいぞ?と感じた会長さんは、あちらで予約していた宿泊予定の宿に手紙を書いた。
そちらに○○という人物が宿泊を予定していたはずだが、彼らはきちんとそちらに到着しただろうか、と。
宿側に信用してもらう為、自身の名刺などと自分が彼らの旅行の計画責任者である旨を添えて。
返信は、十一日後に届いた。
曰く『○○氏からは確かに予約をいただいていたが、当日になり○○氏から宿泊キャンセルの連絡を受け取った。キャンセル料も規定通りお支払いいただいている』との事だった。
そして、その返信が届いたのは、一行の帰国予定日をとうに過ぎた日だったのだ。
一体、何が起こったのか。
何らかの事件、または事故に巻き込まれたのか。
だとしても、ライス帝国側から何の連絡もないのはおかしい。
あちらの農業担当の政務官とも話を付けてある、正式な訪問なのだ(その割に観光の割合が多いが)。
商工会議所に呼び出された私たち家族は、商工会長さんからそんな話を聞かされ、呆然としてしまった。
更に私を驚かせたのは、呼び出された『行方不明者』の家族の中に、それぞれの商店街の『フローラちゃん』が居た事だ。
色合いの違うだけの、同じ容姿の女の子が三人揃っているが、周囲は誰もそれを気に留める風ではない。
まあ、それどころじゃないしね。
「……という事で、私はライス帝国へ、彼らの無事を確認しに出向きたいと考えております。我が国の外務省にも既に話は通してありまして、外務官の方と騎士様も数名同行してくださるとの事です。それで、もしご家族の方もご一緒したいとお考えでしたら……、ああ、全員は無理です! 全員は無理ですので、各商店街から代表でお一方ずつお願いします!」
会長さんの「家族も一緒に……」の件で、この場の半数以上の人間の目がキラっと光ったのだ。
それはそうだ。
ライス帝国は憧れの国だ。
文化の最先端だ。
ファッションや音楽や娯楽などは、大抵ライス帝国から世界へ広がる。
『家族が心配』以上に、『憧れのライス帝国へ旅行!』というテンションになってしまっている。
各商店街ごとに話し合い(という名のジャンケン大会)がもたれ、我が商店街からは代表としてお母さんが行く事になった。
……ジャンケン勝った時、めっちゃ笑顔で「よし!!」って言ってたけど……。
ていうか、三つある商店街全部、「話し合いをお願いします」って言われた瞬間、円になって「最初はグーだからな!」とか言い始めたけど。
それぞれの商店街の代表として、何となく予想はついていたが『フローラの母親』が選出された。
これで、両親は事故で亡くなった訳ではないが、フローラの両親は(一時的に)居なくなる。ゲームの舞台が整った……という事だろうか。
それともこれから、本当に亡くなってしまうのだろうか……。
ゲームの開始は、フローラが十六歳の四月一日だ。
文化が『日本八割』なので、大抵の学校や企業が四月一日を期首としている。
ゲーム的には単純に、春始まりの方がやり易いからだろうけれど。
我が家は幸い、暫く働かずとも私一人くらいなら生活できる程度の貯蓄がある。
お母さんは「一人の間は、お店は閉めてて大丈夫よ」と言ってくれた。けれど、貯蓄を食い潰して生きるのは、ちょっと申し訳ない。
今までお店を手伝ってきたのだ。
そして私には、『前世の知識』というチートもあるのだ。
大丈夫だから心配しないで、と母を送り出した。
どちらかというと、スーツケースから衣装から靴から、色々新調しまくって遊ぶ気満々の母の方が心配だったが。
それが、十五歳の年末だった。
母の出発から二週間ほど経過したある日、母から手紙が届いた。
そこには『お父さんは元気だそうです』と書かれていた。伝聞形式なのは、母もあちらの関係者の方からそう聞かされただけで、まだ会って確認してはいないからだった。
『お父さんと合流でき次第、そちらに帰る予定です』とも書かれていた。
良かった……!
コメディ時空だから、『ヒロインの両親が事故死』という設定だけ、酷く浮いているし納得できなかったけれど。
死んでない! 生きてる!
けれどまだ安心できない。
ゲーム開始は四月だ。
もしかして、帰りの船が事故に遭う可能性もなくはない。
何だか落ち着かない気持ちながら、取り敢えず私は一人でお店をやっていく事に決めた。
ゲームでは『商店ランク』によって、お店に置ける設備が決まる。
開始当初は最低のEだ。
これは店舗の広さにも関わってくる。
ゲームだと開始当初はとても狭い店内で、扱う品物も五種類あるかないか程度だ。仕入れられる量も多くない。
けれど我が家は、私が六歳の頃の改装で、店内はかなり広くなっている。
冷蔵のショウケースが二つと、お惣菜用のショウケースと陳列棚。そして冷凍庫とドリンクなどの冷蔵庫もある。
作業室内には業務用のフライヤーやオーブンなども完備だ。
ゲームでこのレベルの設備を設置できるのは、少なくとも商店ランクCからだ。
お総菜販売自体はランクDから開始できるが、その時点で購入できる設備はオーブンのみだった筈だ。
……やっぱり、『現実』ってゲーム通りにいかないんだな……。
そんな事をぼんやりと考えた。
商店ランクと、もう一つあるパラメータの『評判ランク』は、確認する術がない。
なのでもう、この辺りの『ゲーム的要素』は無視していこう。
私は私に出来る事を頑張ろう。
そう決めて、両親が居ない事に少しだけ慣れてきた十六歳の二月、お店を再開する事にしたのだった。
私より一つ年上のうっちゃんは、騎士学校へ通っている。
騎士学校は全寮制なので、うっちゃんがウチへ遊びに来ることもなくなった。
それでも、定期的に手紙は届く。
私の父が行方不明で、母もそれを探しに行ってしまい、家に私一人になったとうっちゃんのお母さんに聞いたらしい。
すごく心配してくれた。
嬉しくて、手紙を読んでちょっと泣いてしまった。
一人でお店を再開しようと思う、と手紙に書いたら、驚く速さで返事が来た。
『がんばれよ! でも、がんばりすぎるなよ!』と、うっちゃんらしいちょっと雑な文字で書かれていて、またちょっとだけ泣いてしまった。
うん。頑張ろう。すぎない程度に頑張ろう。
うっちゃんは学校を卒業出来たら、一丁目商店街のある地域への配属を希望しているらしい。
曰く『見てないと、ハナが何かやらかしそーだしな』だそうだけれど。
うっちゃんが男前過ぎる……。
何か他のフローラちゃんたちに申し訳ないくらい、うっちゃんの育成に成功した感ある……。
うっちゃんの配属希望は問題なく通りそうだ、との事だ。
卒業は今年の三月。
四月一日から、何も無ければうっちゃんは騎士様になる。……まあ、ゲームのあのボンクラ加減でも騎士様になれてたんだから、今のうっちゃんなら大丈夫に決まってるけどね。
私にとって、色んな『運命の日』である四月一日を、待ち遠しいような、恐ろしいような、不思議な気持ちで指折り数え待つのだった。
一人でのお店の経営は、大変ではあるものの、近所の人たちの理解や協力もあって、何とか順調にいっている。
ただ、周囲の人たちの反応が、何だかすごく『可哀想な子』って感じで私を扱ってる風なんだよね……。
別に、可哀想な要素、ないんだけどな……。
『運命の日』まで、あと二週間という三月半ば。
うっちゃんは無事に騎士学校を卒業し、配属の希望も通り、四月一日からはこの地域の警邏に着くそうだ。
「卒業出来たぜー!」
と嬉しそうに笑いながら、卒業証書を見せびらかしに来てくれた。
おめでとうの意味を込め、うっちゃんの好物のチーズインハンバーグと、肉じゃがコロッケをプレゼントした。
ものすごく喜んでくれて、こちらまで嬉しくなってしまった。
騎士学校に入って暫くした頃、「髪、伸ばそうかなぁ」と手紙に書かれていた。それに確か「私は短い方が好きかな」と返事をした覚えがある。
ハンバーグとコロッケの袋を抱え、嬉しそうに笑ううっちゃんは、とてもすっきりとした短髪だ。
小さな事だが、これもゲームとの差異だ。
うっちゃんが卒業の報告に来てくれた二日後、ライス帝国に居るお母さんから手紙が届いた。
手紙には写真も同封されていて、そこにはお父さんとお母さんが並んで笑っていた。
手紙によると、ライス帝国側から『迷惑と心配をかけてしまったお詫びに』という事で、ライス帝国一周の旅がプレゼントされたらしい。
『という訳で、帰るのもうちょっと遅くなります♡ お父さんと十何年越しの新婚旅行を楽しんできます♡』と、えらい浮かれた文面だった。
まあ、纏まった休みがとり辛い商店経営だ。
お父さんもお母さんも、これまで頑張って働いてきたのだから、ちょっと休むのもいいだろう。
とにかく、二人が無事である事が、一番大切なのだ。
ライス帝国側からの旅行の申し出には、あちらへ渡った全員が諸手を挙げて大賛成だったらしく、フローラちゃんたちのご両親も帰って来ない事が確定だ。
ライス帝国を馬車でゴトゴト一周か……。
これ、相当時間かかるぞ……。
ライス帝国へ行った人々の無事が分かりホッとしたのだが、何故か商店街では彼らは『亡くなった』という噂が立っていた。
辿っていってみたら、住人やお客さんの間で、酷く雑な伝言ゲームが行われていたようだと分かった。
私に対してお悔やみを述べてくださる人も居たが、そういう人には丁寧に事情を話し訂正した。……が、噂が広がる速さに追いつかない。
これがゲームの強制力か……!
運命の四月がやって来て、私の両親は事故死した事になっていて、私は一人でお店をやっている。
状況だけ見たら、ゲームと全く同じだ。
けれど実情がかなり異なっている。
何て雑な世界なんだろう……。
そう溜息をつきながら、私は今日もお店を開けるのだった。




