23.髑髏の羽織
ところ変わって門海の町、川向こうの屋敷。商家の別宅といった風情の建物だが、実際のところは解らない。
黒塗りの高い塀に囲まれた邸宅は、二階建ての立派な造りである。
庶民の長屋は平屋の安普請だが、町中には二階建てもよく見かける。ただ、このお屋敷は二階の角座敷に遊廓のような紅殻格子が取り付けてあり、一風変わった佇まいだった。
その二階座敷に取り付けられた丸窓の奥で、ネジやら工具やら銅線やらが入った箱に囲まれて、嬉しそうに丸い鏡を見ている青年がいた。
「猫1号、とりあえず戻ってこい」
鏡面に話しかける青年は、町の若い職人衆がよく穿くような黒いパッチ(日本のサロペット的な胸当て付きスパッツ)を着ている。その上から髑髏の柄の長羽織をだらしなく羽織っているあたりがヤクザっぽい。
羽織はくすんだ緑色である。亜麻色の髪とやや吊り上がった暗い緑色の瞳によく映える。部屋の隅には、外出用なのか羽織と同じような色味をした無地の着物がかかっていた。
「あんまり暴れてると捕り方が黙ってねえ」
爽やかで賢そうな顔立ちとはちぐはぐな乱暴な物言いである。声も涼やかで好感が持てるのだが、どうやら好人物ではなさそうだ。
「了解致しました。これより帰還いたします」
鏡面から抑揚のない冷たい声が響いてくる。映っているのは、機械仕掛けの少女だった。金属製猫の耳と赤っぽい毛で覆われた尻尾がついている。
背中では羽のような金属板が何枚か細かい動きをして、空中での移動を自在にしていた。新技術のからくり仕掛けを駆使して創り上げた溌剌とした美少女だ。
「鴉の秘術ね。それにあの特殊な魔女。鴉エルフを見たからって消すのは勿体ないかな」
髑髏模様の羽織を着た青年は、ニタリと口角を上げる。屋敷の中には、ほかに人の気配がない。階下でおつなを捕えていた者たちは、みなお縄を頂戴して連行された。
この青年が逃れたのは、二階を無人に見せかける仕掛けを作動させていたからだ。
「また一歩、古代の技術に近づいたな」
青年は座ったまま手を伸ばして、投げ出してあった書物を手に取る。簡単な和綴の冊子だが、開けば詳細な解説と正確な図が目に入る。
森と、町と、建物、建物の中にある動く道や動く階段、それから人型だが中身の構造が複雑な線で描かれたもの。その図には「巡回員」と記されていた。
青年は、パラパラと中を眺めた後、表紙に戻って呟いた。
「この鍵があれば町に入れる。問題は、町がこの古文書の装置のままかどうかだな」
表紙絵には、おつなとよく似た少女が描かれていた。少女は、おつなのしていたアンクレットのような魔法石のブレスレットを町の門にかざしている。
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