19.森のエルフは居なくなった
魔法装置には、魔法使いが直接魔法陣に魔力を注ぐタイプと、魔法石を魔法陣の指定された場所に設置して魔力を充填するタイプがある。
おつなの魔法石は、森の奥にあるエルフの遺跡に設置された魔法陣から持ってきてしまったようだ。
「遺跡の装置が動かなくなるのはまずいかも知れないよ」
おろくが警告する。
「動かなくなるの?」
おつなが心配そうな声を出す。
「魔法石を決まった場所に置いとかないと、自動扉や跳ね橋が動かなくなっちゃうだろ」
「えっ、動いたけど」
「それもおつなちゃんの運を呼ぶ力じゃないのかい」
おろくは呆れたようにおつなの菫色の瞳を一瞥した。
「たまたま外へ出る時に使う装置とは関係ない魔法石だったんだね」
理吉が居住まいを正す。事の重大さに気がついたのだろう。
「不用意に魔法石を外しちまったら、下手すりゃ閉じ込められるからな。無事出て来られたのは運がよかったんだぜ。もう魔法石を持ち出すんじゃあねえぜ」
ダイダイも厳しい声を出す。
「わかった」
「そんな大事なものとは知らず」
おつなと理吉は、やや顔色を悪くする。
「わかりゃいいのさ。魔法石を魔法陣から動かしちゃいけないなんて、魔法使いじゃなくちゃ知らないよねえ」
おろくが軽く微笑むと、理吉が見惚れてまなじりを下げた。ダイダイとおつなは、もう何度目になるか分からない目混ぜを交わし、ため息を吐く。
「それで、森にエルフがいなっいって、どういうことなんだい」
おろくは真面目な顔に戻って理吉に問う。
「父が母と出会ったころ、大移住したんですよ」
「大移住?」
「聞いたことないねえ」
おろくとダイダイは、驚いて顔を見合わせた。
おろくが知らなかっただけではなさそうである。魔法連合本部でも把握していなかったようだ。
普通は、魔法民族や魔法使いの集団がまるごと移動する時には、なんらかの記録が残るものである。世界の中で魔法の力が偏りすぎると災厄に繋がる恐れがあるためだ。
「きっと秘術でひっそり移動したのでしょう」
「森のエルフまるごと全部かい?」
「はい。遺跡の時代ほど大きな町ではなかったそうですが」
「なんでまた森を出て行ったんだい」
「わかりません。来た時も何故なのか、どこから来たのか、わかりませんし」
「でもさ、今でもエルフの森って言ってるよね」
「エルフが居なくなったことは、知られていませんから」
エルフたちは、元々森の奥に住んでいて、滅多に人里へは出てこない。だから、ひと世代くらいの間なら、まるごと居なくなったとしても、誰にも気が付かれなかったのである。
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