90海里目 新たな邂逅
「まず最初に断っておくが、これは先代の皇帝である我が父の話であって、私が体験したものではない。ゆえに所々不明な点や間違っている点があるかもしれないことを容赦してくれ」
皇帝陛下はそういうと、ゆっくりと話し始めた。
――
事の始まりは30年以上も前のことである。
それはある流浪者がこの世界に来たことに由来する。
彼女の名は、シム・ユーリン。
彼女の能力は何か知らないが、その力に人々は熱狂的になっていたという。
そして彼女は流浪者であることを最大限に利用し、次第にクレイル連邦で知名度を上げていき、やがてクレイル連邦大統領夫人にまで上り詰めた。
しかしここに来て、彼女に何かが起きたようで、その行動は狂気に満ちていると言っても過言ではなかった。
彼女はまず夫である大統領の地位を利用して、クレイル連邦内部における権限を強めていった。
次に彼女は軍部の指揮権と外交における独自の意思決定権を保持するようになった。
この時点ですでに憲法や法律を無視した行動であることは明確であるが、それを彼女は特例によってさも当然であるように作り変えていった。
こうした結果の果てに生まれたのが、バンイ帝国とクレイル連邦の間に交わされた軍事同盟だ。
この軍事同盟は最初から彼女の思惑通りに動いていたということだ。
この時、先代である我が父は既に彼女に掌握されていた。
それが彼女に脅されていたのか、それとも能力によるものなのかは不明だ。
どちらにせよ、この軍事同盟をもって、彼女はクレイル連邦とバンイ帝国を手に入れたというわけだ。
もし彼女に誤算があったとすれば、それは先代である我が父が早々に私に帝位を継承したということだろう。
彼女の思惑のその先に行くために、私は必死になって彼女の事を調べ上げようとしたが、残念ながらうまくはいかなかった。
これまで彼女が何のためにこのようなことをしているのか、その目的は未だに分かっていない。
――
「…こんなところだ」
この説明に、俺は思わず頭を抱えた。
「えーと、情報を整理させてください」
「構わない」
「まず、この戦争の首謀者がシム・ユーリンという女性で、クレイル連邦の主権をほぼ握っている、と」
「そうだ」
「その人が目的も不明でクレイル連邦とバンイ帝国の軍事を使って防衛連盟に攻撃を加えていると」
「そういうことになる」
簡潔に説明すると、こういうことになるらしい。
俺は頭を抱えた。
「正直意味が分からない、てのが本音だなぁ」
「まぁ、確かにそう思うのは仕方ないことだろう」
「とにかく、バンイ帝国がクレバイルを主導しているわけではなく、クレイル連邦の特にシム・ユーリンがクレバイルを主導しているというのは分かりました。今後は彼女の身柄の確保が最優先になるという感じですかね」
「現状はそうなるだろうな」
俺は一度溜息をつくと、改めて帝王陛下に対面する。
「とにかく、我々防衛連盟はあなた方の亡命を受け入れます。これより連合艦隊の艦船に案内しますので、しばらくここで待機していてください」
「分かった」
「なにとぞ、よろしくお願いします」
そういったことを話している時に、司令部に防衛連盟軍の一人が入ってくる。
そして俺のもとに寄ってきた。
「報告します。先ほど、前線に対して撤退命令を指示したところ、その場で停止することになりました」
「ん?停止?どういうこと?」
「前線の騎兵隊の主張によれば、エルフォード統合元帥による命令がないということで、撤退は許されないとしています。しかし、カケル司令長官と北部前線司令部大将の連名による命令とのことなので、譲歩して前線を止めるという判断をしたそうです」
「…意味が、分からない。なんでそういう思考回路になるかな…」
こうなれば、やることは一つである。
「エルフォード統合元帥に連絡を取ってくれ。直ちに作戦の中止と撤退を全部隊に下すよう促すんだ」
「了解です」
「いや、説明は俺からしよう。その方が説得力が上がるはずだ」
そう言って俺は通信司令部に出向いた。
こちらも前線司令部と同じように、テントのようなもので周囲の森に偽装されている。
通信司令部に入り、俺は南部前線司令部にいると思われるエルフォード統合元帥に連絡を取った。
幸いにして、エルフォード統合元帥はすぐに無線に出た。
「何かね?」
「元帥、頼みがあります」
「頼みとは?」
「現在前線を押し上げている2個部隊に撤退の命令を下してほしいのです」
「理由を聞こうか」
俺はこれまでにあった内容を話す。
それを静かに聞いていたエルフォード統合元帥は、説明の後に口を開く。
「個人的には信じがたいことではある。だが、もしそれが本当であるとするなら、この作戦を続けるのに意味はないということだな?」
「そういうことになります」
「…分かった。私のほうから前線に対して撤退するように促そう」
そうして無線は切れた。
ひとまず安心した。
これで前線にいる部隊は撤退を始めることだろう。
そう思い、通信司令部を出る。
その瞬間であった。
俺は背後に寒気のようなものを感じる。
思わず俺はその場で振り返った。
振り返った先にあるのは深い森である。
「どうしました?」
その場に居合わせた隊員が聞く。
「いや…。何でもない」
そうは言ったものの、明らかに「それ」はこっちに近づいている。
この感じは何度も感じたことがある。
この名状しがたいオーラ、それは流浪者のそれであった。
俺は隊員を先に帰すと、一人で名状しがたいオーラのする方向へと行く。
鬱蒼とした森の中をしばらく行くと、いきなり開けた場所に出た。
そこには小規模ながら小屋がいくつかあり、村の雰囲気を醸し出している。
「なんでこんな所に村が…」
こんな所に村があったら、先遣部隊として出た騎兵隊の誰かが気付いているのではないだろうか。
もしかしたら、誰もいないとして報告をしていないだけなのかもしれない。
だが、ここから名状しがたいオーラが発せられている。
しかも村全体からだ。
俺は慎重に、村の中心部に向かう。
しかし、人一人いるような気配もない。
俺はこのことを報告しようと、踵を返す。
その時だった。
近くの小屋からガタッと音がする。
びっくりした俺は、思わずそちらの方を向く。
すると、小屋の戸が少し開いているではないか。
俺は恐る恐る小屋に近づき、戸に手をかける。
そして戸を開けた。
するとそこにはまだ10歳にも満たない子供がいたではないか。
「…え?」
俺は思わず変な声が出た。
その子供はビクビクして、おびえているようだった。
それと同時に、俺は背後に気配を感じる。
俺は振り返ってみると、そこには先ほどまでどこにいたかも分からない子供たちがいた。
「一体どこから…?」
そんな疑問が出てくるが、まるで俺にすがるように俺の元に近づいてくる。
「おなか…すいた…」
「お水…ちょうだい…」
子供たちはそんなことをつぶやきながら、俺に近づいてきた。
子供たちの年齢は5~14歳といったところだろうか。
その中に、一人だけ大人がいた。
全員、あまり良く食事が摂れていないのか、頬が痩せこけているように見える。
そんな子供たちを見ていると、俺はある違和感に気が付く。
それは子供たちに紛れていた大人である。
彼からは、強くオーラが放たれているからだ。
俺は子供たちと彼の間に立つように移動する。
「あなた、一体何者ですか?」
「何者って、失礼な。この子らの世話をしている者ですよ」
「…本当かい?」
このことを近くにいた子供に聞いてみる。
「うん、パパだよ」
そう答えた。
おそらく嘘はついてないだろう。
俺は直球に、思っていることを言葉に出す。
「あなた…、流浪者ですか?」
その言葉に、場の温度が下がったような気がした。
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