12海里目 ジンチノ海防衛戦
クレバイルの小規模艦隊による襲来から約7時間後。朝日が昇る中、トーラス・ジンブルグ中佐率いる第二哨戒班は苦戦を強いられていた。
「艦首の砲が使えなくなった!」
「負傷者だ!誰か手を貸してくれ!」
「クソッ!奴らの動きが早すぎる!」
どの艦もこのような具合だった。
そして、その状況は小艦隊司令官であるトーラス中佐にも届いていた。
「『メクスド』中破!」
「本艦の14砲で、使えるのは残り3門のみです!」
「6時と3時より敵艦接近」
「慌てるな。戦列を乱せば敵の思うつぼだ。取り舵で敵を死角に入れるな」
しかし内心は焦っていた。
敵艦はたった4隻だが、同じ帆船とは思えないほど速く、両舷に金属を張り合わせるという特徴的な防御方法によって、こちらの攻撃が利きにくく、逆に敵が優勢となって確実に戦力を削ってくるのだ。
最初に遭遇した時、こちらが有利になるよう敵艦の進路を防ぐ形で戦列を組んだ。いわゆる「丁字戦法」である。しかし敵艦はこれを圧倒的な速力で回避、こちらが必死になって追い返そうと攻撃を加えても敵には効かず、二手に分かれて左右から砲撃が飛んでくるようになった。
これは即ち、時間が経てば経つほど、追い詰められていく事を意味する。
「グロフ駐留隊は?」
「約3時間で到着の予定」
「しかし小官、三時間も戦況を維持出来るんですか?」
「今はするしかないだろう。正直に言えばもう少し戦力がほしいが…」
そうは言っても何かが変わるわけではない。
敵は持ち前の素早さを活かして、少しずつ、着実に第二哨戒班を取り囲む。戦列の両側で並走しながら、こちらの動きを制御していた。どちらかに舵を切れば、進路を阻むように転進する。近づこうとすれば被弾が多くなる。どうやってもこの状況を打破出来ないのだ。
その様子はまるで魚を網に追い込むかのような動きだった。
第二哨戒班も逃げつつも反撃をし続けていた。だが、それも永遠とはいかない。
「各艦にて弾切れが発生しています!」
「携帯砲も出せ、何としてでも逃げ切る!」
それでも、戦況は悪くなる一方だった。
「増援到着まで、あと1時間半」
「艦隊の損傷も激しくなってきました。このまま戦闘を続けるのは正直難しいかと思います」
「だが、この先はハジーサ島があるはずだ。まだ住民がいたはず…。一般人を巻き込むなんてあってはならん」
どうにかして被弾を下げようと動き回るが、敵にそれを制限されてしまう。
やがて浸水が発生するようになり、被害が大きく拡大していった。
「このままだと、グロフ駐留隊の到着を待たずして全滅します!」
「第一方面の主力部隊も、あと半日すればグロフ島周辺の防衛陣を展開出来ます。ここは一旦白旗を上げることを具申します」
トーラス中佐は解決策を講じた。ここで投降すれば、その隙に味方が反撃できる程の戦力を揃えることが可能だろう。自分達を餌にすれば…。
「小官!『ウロフィン』より通信です!」
「何?内容は?」
「左舷、敵艦の向こう側に正体不明の艦船とおぼしき物を発見とのこと!」
「正体不明の艦船だと…?新たな敵か?」
「分かりません、そもそも船かどうかも怪しいと言っています!」
「…索敵器を使って観測せよ。それの特徴を出せるだけ出して報告せよ」
「しかし小官!敵の砲撃の中でそのようなことは…」
「いいからやるんだ!やらないなら私が行く」
「りょ、了解しました!」
トーラス中佐は、正体不明の船が敵ではない事を祈った。これ以上の戦闘は増援に自分達の残骸を拾わせてしまうかもしれないからだ。
その後、正体不明の艦船について情報が入ってくる。
「視認の結果、船であることは間違いありません。この船の全長は100mに達しており、幅は逆に狭くなっているようです。正直に言って見たことない船体をしています」
「甲板に謎の構造物と二本のマストが立っているのが確認できます。しかし帆が張っていないにも関わらず、かなりの速力を持ち合わせているようです」
トーラス中佐はこの時点で、敵の新技術を搭載した新造艦だと判断した。
しかし次の報告で椅子から転げそうになる。
「フォーシルアがっ!シドラール国の国旗が掲げられています!」
謎の艦船の正体、それは駆の造った「吹雪」である。その前檣には軍艦旗と共にシドラール国の国旗の『フォーシルア』を掲げていたのだ。
「やーっと見つけた。電探はもうちょい改良の必要がありそうだな」
試運転によって今後の課題を見つけた駆。双眼鏡を覗きながら主砲を右舷へ旋回させた。
「あー…真ん中の単縦陣が防衛軍のかな?」
解像度の悪い双眼鏡では敵味方の区別が難しい。
「取り敢えず一発、手前に打ち込むか」
測距儀で手前の二隻、その左舷1kmの所に落ちるように砲を調整。
「主砲1番、…撃て!」
1番砲塔から、音速を超える砲弾と耳をつんざくような轟音が響く。砲弾は飛翔したのち、目標の水面付近に着弾した。
これにより、第二哨戒班の左に展開していた二隻は、攻撃目標を「吹雪」へと変えた。
「お?こっち来る?てことは、あれがクレバイルな訳か」
敵対心むき出しのクレバイルに、真正面から迎え撃つ駆。
一方、第二哨戒班の中は良い方で混乱が起きていた。
「やはりあの船は味方です!あの二隻があちらに向かっているのが証拠です!」
「それは良いとして、右の奴らはどうするんですか?まだ脅威が去ったわけではありません。戦闘だけは避けなければ、本当に沈みますよ」
「だが、どちらに舵を切っても砲撃を食らう可能性がある。距離を保って様子を見るとしよう。それと、今のうちに負傷者の治療を」
「ハッ」
やっと一息つける時間ができ、兵たちは束の間の休息をとる。
「グロフ駐留隊は?」
「もう間もなくだと思いますが…」
「さすがに士気が持たんな。それにあの船のこともある」
「クレバイルの兵も我々と同様のはずです。しかし我々より少ない戦力でそれ以上の攻撃をしてくる。一体彼らは何者なんでしょうか?」
その問はトーラス中佐も知りたい答えだった。
そして待ち望んだ報告が入る。
「来ました!増援です!」
「よし、戦闘は彼らに任せる!回避運動開始!」
両翼に展開した敵艦隊の砲撃が来ないように、目一杯逃げる。
一方、グロフ駐留隊は反航戦を行おうとしたが、敵の速力には勝てず、やむなく追撃戦となった。しかし偶然にも敵の足を奪い、第二哨戒班と敵との間に割り込むことが出来た。
その頃、駆は少しずつ敵艦に近づきながら砲撃を続ける。まだ敵は射程外であるため、「吹雪」の主砲で一方的に攻撃を加えていた。クレバイルの舷側装甲は、徹甲弾によってあっさりと打ち抜かれて既にボロボロである。先頭の艦は明らかに速力が低下し、後続の艦はどうにか反撃をを行おうと必死である。
「レーダーは…距離5…いや4?…4キロか、んで諸元入力…よし。主砲、うちーかたーはじめ」
兵装の性能を戦闘をしながら確認する。しかし敵には「撤退」の二文字はなく、ただ反撃をしようと近づいてくる。
その後まもなくして、一隻目は傾斜が大きくなって転覆。二隻目は徹甲弾の当たり所が悪かったのか、爆発を起こして轟沈した。
駆は、残存兵やクレバイルに関するものがないか確認に入る。だが、そこには艦の残骸と人のようなものが浮いているだけだった。結局何も見つけられず、ただ吐き気だけがこみ上げてきた駆はハジーサ島へ向けて舵を切る。
それから30分後には、グロフ駐留隊が残りの二隻を沈めることに成功。死傷者を出すものの、第二哨戒班は壊滅を免れた。
「ようこそ『グラミーユ』へ、ジンブルグ小司令官」
「ああ、よろしく頼む」
グロフ駐留隊旗艦「グラミーユ」に、トーラス中佐の姿はあった。
「しかし良いんですか?小司令官が別行動など…」
「まぁ不味いかもしれないが、ハジーサ島に行けばそれを見逃してくれるかもしれない材料があるはずだ」
駆がハジーサ島に向かっているのを、第二哨戒班の見張り員が報告していた。トーラス中佐は、例の流浪者の話を思い出し、あの船と何かしら関係があると推測した。
そこでグロフ駐留隊に連絡をとり、部下数人と「グラミーユ」に乗艦させてもらうことにした。
「それにハジーサ島は現在、島民の移住が決定したはずだ。それも併せれば良いだろう」
「そうですか…。それで、その我々の味方をしてくれた船をどうするつもりですか?」
「どうもしない。確認したいだけだ。ただ…」
「ただ?」
「…この戦況を大きく変えるかもしれない」




