91今更すぎて戸惑っちゃった
王城近くにある、とあるお屋敷の大ホール。ここ、晩餐会会場に集まった人々は、先日の話で持ちきりだった。
「宰相にすら弔ってもらえなかったらしいぞ」
「ある意味哀れだな」
「そもそも姫様の部屋に侵入しようとするなどもってのほか。罰当たりな奴め」
「窓から入ろうとして、誤って転落するなど間抜けな男だ。しかもそのままコロリと死んでしまうとはな」
「きっと窓越しに見た姫様のお美しさに目眩でも起こしたのだろう」
「あぁ、そうに違いない」
今日はコリアンダー副隊長とラベンダーさんの結婚式があった。そして今は披露宴的なものが行われている。私は、眉間に皺を寄せながら周囲の人々の話を聞きながら、ちょっと堅苦しい雰囲気に息が詰まる思いをしていた。すると、件の姫様が私の二の腕をツンツンつつく。
『なぁ、そんな顔するなよ。どうせアイツは、いつか誰かがヤらなきゃいけなかったんだ。俺がやらなくても、遠からずこういうことになっていたさ』
今日の姫様はお忍び姿。しかも男装だ。一方私は珍しくドレスを着ているので、隣に立つとまるで侍従のよう。中身が男の子だからなのか、私の男装よりも完璧に見える。ちなみに、髪はウィッグを被っているのか、金色になっている。
『そうかもしれないけれど、やっぱり衛介が手を汚すことになったのは』
『他の奴だったらいいのか? しかも相手はアイツだぞ。良心なんて、砂粒程も傷まないな』
私には、衛が少し強がっているように見えて、こっそりとため息をついた。
あの日、私はクレソンさんと一緒に王妃様のお茶会にお呼ばれしていて、最近静かな宰相派のことも、マリ姫様のことも完全にノーマークだったのだ。
マリ姫様は、自らの体力の限りを尽くして金の魔術を行使し、あのジギタリス副団長を葬った。私には、金の魔術の魔圧による死は血も出なくて綺麗なものだったとか、ジギタリスは大好きなコリアンダー宰相がマリ姫様に取られると思って嫉妬していたとか言っていたけれど。
でも、殺生沙汰が身近ではない現代日本出身で、今世も深窓の姫君であらせられる彼女には、相当なインパクトだったのではないだろうか。いつもより、私にくっついて離れないのが良い証拠だ。
私は真実を一人で抱え続けるのが辛く、思い切ってクレソンさんには打ち明けてある。クレソンさんにとってもマリ姫様は大切な妹であり、今は仲の良い友でもある存在。それが直接狙われたとなると、これまで見せてもらったことのない表情で、怒りに震えていた。
今まで宰相派と親王派は、小さないざこざこそあれ、このような禁じ手は使わずにやり合ってきた。ところが、ここに来てこんな汚く非情な手段に出てくるとは。到底許されることじゃないし、それだけ宰相派が追い詰められていることも明らかになる。
ともあれクレソンさんは、珍しく私を衛介になったマリ姫様に託して、二人で過ごす時間をくれたのだ。最近のクレソンさんは、所謂ヤンデレ化の傾向があったので、内心ほっとしてみたり。あ、これはナイショだよ!
さて。私達はホールの端の方にいる。ここならば私とお忍びマリ姫様が内緒話をしても差し障りはないのだけれど、念の為に脳内通話しているのだ。
最近分かってきたことだけれど、この通話には条件がある。
まず、私から話しかける場合。これは、マリ姫様が眠っている間ならばいつでも可能だ。起きている時は、近くにいればこうやって話しかけることもできる。
次に、マリ姫様から私に話しかける場合。これは、どんな時も私が近くにいないと通じない。たぶん、私が眠っている時は通じないんじゃないかな。私、眠りが深いし、マリ姫様ほど世界樹と密接な関係ではないからね。
その時だ。
「あの子、どこのお家の方かしら?」
「やめなさいよ。ほら、隣にいるエース様の侍従なんじゃないの?」
「あんなに品があるのに、侍従だなんて勿体ないわ。私、もう長男狙いは止めたの。次男でも、三男でも!」
「うちの姉が長男の人に嫁いでるけど、屋敷の女主人とかするのも大変そうよ?」
「そうね。でも、いつかあんな可愛らしい子を」
「確かに。もしかしたら、今は修行の身で侍従をしているのかも。実は良いところの方なのかもよ」
「それなら、青田買いしておくべきかしら?」
ふと見たら、マリ姫様が遠い目をしていた。私と同じく近くのご令嬢方の会話を聞いてしまったらしい。今日の主役の一人、ラベンダーさんは人望があるらしく、たくさんの年頃の娘さん達もこの晩餐会に招待されているのだ。
『そんな顔するなら、そろそろ元の姿に戻ったら?』
私が心配して話しかけると、マリ姫様はムスッとした顔で持っていたジュースを飲み干した。空になったグラスを通りかかった配膳の人に手渡して、すっと窓の方を向いてしまう。窓からは、白い半透明の籠に包まれた白亜の城が見える。
『なぁ、元ってどっちだよ? 衛介か? それともローズマリーか?』
『えっ』
『俺だってな、たまには男の姿で姫乃の隣にいたいんだ』
胸が、トクンっと鳴った。
『衛介』
名前を呼ぶことしかできない。だって、素直に喜べるわけがないじゃない。私、ずっと衛介が好きだった。きっとそれが私達の縁となって、ここ異世界にやってきた。それぐらいに好きだった。
今日の結婚式を思い出すと、余計に苦しくなってくる。
この国は、世界樹信仰に基づいて挙式される。日本では白がメジャーなドレスも、ここでは花嫁が緑をまとう。一身に世界樹のご加護を宿して、旦那様を幸せにするという決意の色。新郎は、日本と同じくモノトーン系の地味な色だけど、これは新婦のドレスが映えて見えるようにするための配慮かな。
私も、あそこに立ちたかった。日本にいた時、私達は家が近所ということもあり、一緒にいることも多かった。中学生に上がってからは「衛介の奥さん」なんて呼ばれて友達からからかわれたこともあったっけ。でも、全てが嘘みたいに消えて、遠くなった。衛介は女の子、しかもお姫様になって、私は騎士になったから。そして、目指す山は別の山。別の道を辿って別のゴールを目指して歩いている。そしてもう、あの頃は戻ってこない。
それにね、たぶん、衛介だって分かってたはずなのだ。私がずーーっと昔から彼のことが好きだってこと。でも、一度も私を特別な女の子として見てくれたことはなかった。良くて妹分。家族としての愛止まりで、私が欲しがってた後もう一歩はいつもはぐらかされてしまう。
なのにどうして? クレソンさんとは意気投合して、どさくさに紛れて私のことを好きだと言って。あの時は、場の流れ的なものかと思ってた。でも今は違う。明らかに私に対して、そういう態度で、そういう目で私を見て、そういう気持ちを私に向ける。
今更。
何なのよ。
これは、怒りなのかもしれない。だけど、嬉しさを噛み締めている自分もいる。どうして? 私には、クレソンさんがいるのに。クレソンさんと共に在れるために生きようって決めたのに。どうして、私をこんなに虐めるの? 私は私が嫌いになりそうだった。ただただ辛くて切なくて、胸がギュッと締め付けられる。
『姫乃、今夜は付き合ってくれてありがとう。これは、俺が旅立つまでに、どうしても叶えたいことの一つだったんだ』
『ねぇ、どうして、衛介はマリ姫様なの?』
『それは、姫乃がどうしてエースなのか、と同じ答えだと思うよ。だから』
泣きそうになってきた。私は歯をしっかりと噛み締めて、何とか涙が零れ落ちないように上を見る。
『だから、姫乃』
その時、少し離れたところから声がした。
「エース、主役がお呼びだよ! おいで!」
クレソンさんだ。私のクレソンさんだ。
私はクレソンさんのところへ逃げた。衛介をそこに残して。だから、マリ姫様、いえ、衛介の言葉なんて届いていなかったのだ。
『姫乃、ごめんな。好きだけじゃ、駄目なこともあるんだ』
◇
クレソンさんの所へ向かうと、新郎新婦も一緒だった。まず、コリアンダー副隊長。衛介が纏っていた白銀と紺の晴れ着も素敵だったけど、副隊長の白い晴れ着はデザインが、特にシャツのレースと長いコートの装飾が秀麗過ぎて、彼のようなクール系美男子ではないと絶対に着こなせない代物だった。確か、結婚式の時には銀色のもう少しシンプルな服だったから、着替えたのね。
そして、ラベンダーさん。こちらもお色直しをしていて、コリアンダー副隊長と同じく白を纏っている。髪は緩く纏め上げていて、同じく白いお花があしらわれた花冠をかぶっているので、まるで妖精のようだ。大きく開いた胸元には、それいくらするの?!と聞きたくなるぐらい立派な宝石がたくさん埋め込まれた、重そうなネックレスがある。やっぱり副隊長からのプレゼントなのかな? 二人とも仕事の時には絶対に見せない柔らかな笑顔だし、仲睦まじくて何よりだよ。
でもラベンダーさん、口を開けば相変わらずだ。
「あら、エース。あなたもやればできるのね」
彼女は、私のドレスをざっと見渡す。私は晩餐会で結婚相手を探す予定もないので目立たないためにも紺基調のものをチョイスしていた。アンゼリカさんと、ここぞとばかりに駆けつけてくれたミントさんには、この歳でそんなの地味すぎ!と言われてしたつまったっけ。でも、クレソンさんの瞳と同じ色なの、と言うとすぐに承諾してもらえました。
だけど、色こそ暗くても金糸の刺繍がたくさん入っているから、けっこう豪華なのだ。私はラベンダーさんに向けて、よそ行きの顔でほほ笑んで見せた。すると。
「くっ。何よ。ちょっと若いからって私よりもドレスが似合うなんて……!」
「いや、そんなことないです。今日のラベンダーさんは綺麗すぎて、女の子の私でも目が合うとクラクラしちゃいます」
「ふんっ。でも私はあなたに勝ったわよ。ちゃんと先に結婚したんだから。これで誰にも行き遅れだなんて言わせないわ!」
ラベンダーさん、暴言はそれぐらいにしておいた方が。若干、周りの招待客が引いてるよ。でも、それぐらい大きなコンプレックスだったんだね。そして、そっと方を引き寄せてラベンダーさんを慰めるコリアンダー副隊長が素敵すぎます。
そこへ口を挟んできたのはクレソンさん。
「ラベンダー殿、それは少し訂正が必要だよ」
「え?」
「君達が婚約するよりもずっと前から、エースは僕と深い仲だったんだ。だから、エースの勝ちね」
そう言うと、クレソンさんは私を重いドレスごしお姫様抱っこした。私は、今日ぐらいラベンダーさんに花を持たせてあげてよ!とか、深い仲って卑猥な誤解を生みそうだからやめてーとか叫びたかったけど、声が出ない。クレソンさんの紺色の瞳が、じっと私を見つめていたからだ。
「エース」
今日のクレソンさんは、騎士服の第一礼装。黒いのはいつと通りなのだけれど、やはり豪華さが違う。胸元には騎士団総帥のバッジもあった。
それだけではない。何か今日の彼は違う。金の魔術が存在するのならば、これは桃色の魔術だろうか。色気を垂れ流しすぎで、ほら、近くにいた免疫の少ないご令嬢達がバッタバッタ、流れ矢に当たった兵士の如く倒れていく。
「あの」
どうしたの? と尋ねようとしたのだ。でもすっと細められた彼の瞳から放たれる眼力みたいなのが、さらに強くなった。もしかして、私の心を見透かしてるの? さっきまで取り乱してた私に気づいているのだろうか。私は、衛介の態度に一瞬舞い上がった私を叱りつける。
「エース、おかえり。エースは僕だけのものだよ。そして僕は、エースのものだよ」
あぁ、やっぱり何かに気づかれちゃったんだ。でも、クレソンさんは怒らないんだね。それどころか、こうして私が買える場所を作ってくれる。守ってくれる。気取ることなく愛を囁いてくれる。
私、やっぱり、クレソンさんが好き。
「はい」
返事したと同時、クレソンさんが私にキスをした。貪るような深いキス。お口が全部食べられちゃって無くなっちゃうんじゃないかと心配になるぐらい。たちまち呼吸困難になった私は、人前というのも相まって、顔が真っ赤になってしまった。
「エース」
今度はクレソンさんの口が私の耳元に近づく。
「僕はね、今度はエースが狙われるんじゃないかって心配してるんだ。だからせめて、この場に集まった親王派には、エースが誰のものなのか知らしめる必要があるんだよ」
そしてニヤリと笑うクレソンさん。
「それと、今すごくキスしたかったんだ」
私はついに、ありがとうとも、驚いたとも言えずに、しばらくぼーっとしたままだった。主役二人が、私達の様子を若干冷めた目で見ていたのは言うまでもない。素直に、ごめんなさいと言いたいです。






