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87出世しちゃった

 サイン騒ぎがありながらも、その夜は静かに更けていった。村で一番良い宿に一泊して翌日。ここから王都までは普通に馬車移動である。私の魔術を使った方が確実に速く着けるのだけれど、突然空飛ぶ御一行が現れたら王都の皆は大興奮だ! とクレソンさんとマジョラム団長に言われたから。たぶんそれ、大混乱の誤りだと思うんだけどね。


 そんなわけで、圧縮荷物から馬車を取り出して、それぞれの馬車に乗り込んだわけである。ここで、私と同乗しているメンバーを紹介しよう。まず、クレソンさん。そしてアンゼリカさん。以上。


 お分かりだろうか? この微妙な組み合わせ。


 私は、二人とも大好きだし仲良しだ。でもね、元王子のクレソンさんの、その元婚約者のアンゼリカさん。そして現婚約者(仮)の私。これ、普通修羅場でしょ! お陰で何もないのに何かあった後みたいに気まずい雰囲気なのだ。特にアンゼリカさんの落ち込みが激しい。やっぱり内心、婚約を止めたことを後悔していたりするのかなぁ。私からは話しかけ辛い。

 その時、アンゼリカさんがふっとこちらを向いた。


「エース」

「はい」


 思わず畏まって返事する。


「私達は、もう姉妹ではいられないのかしら」

「へ?」


 アンゼリカさんは、巷で言われているような氷の女王とはかけ離れた弱々しい雰囲気になっている。いろんな悩みを持つ年相応の女の子がそこにいた。


「エースの本当の両親が見つかったわ。ということは、もううちの養子でいる必要はなくなったんじゃと思うと……」

「アンゼリカさん、泣かないで!」

「まだ泣いてないけど泣きそう」

「良かった。ねぇ、アンゼリカさん聞いて? 私はこれからもアンゼリカさん家の娘でいると思う」


 だって、将来的にクレソンさんの隣に立つには、平民の娘では難しいもの。やっぱり貴族令嬢という肩書が必要となる。クレソンさんとのことだけではない。宰相やアルカネットさん達からも見を守ることになるのだ。だから、アンゼリカさんのお父さんが言い出さない限り、現状維持でいたいというのが私の本音である。


「それに、せっかくアンゼリカさんと身内になれたのに、離れるのは寂しいよ」

「エース!」


 アンゼリカさんの目から大粒の涙が零れ落ちた。でもこれは、たぶん歓喜の涙。曇り空にさっと晴れ間が差して、眩しい太陽が顔を出したような輝き。


「私は、てっきりアンゼリカさんは、私とクレソンさんこことをやっぱりよく思っていないのかなって心配してたんだ」

「本人を前に言うのは失礼かもしれないけれど、私はエースのこと、クレソンの軽く百倍は大好きよ。つまり、そういうこと」


 アンゼリカさん、顔が赤くなってる。ここで、私が男の子だったら良かったんだけどね。絵面的に、百合っぽいです。はい。


 ふと見ると、案の定クレソンさんは遠い目をしていた。


「クレソンさん、美人の心が一人分離れてしまったからって拗ねないでください」

「拗ねてないよ。エースがアンゼリカと仲良いから、ちょっと羨ましかっただけ」


 あ、そっちでしたか。


「それにしても、どうしてクレソンさんは、自分が寂しいから帰ってきて!って王妃様に言わなかったんですか? 実の息子が訴えれば、もっと早く帰還が決まったかもしれないのに」


 クレソンさんは、少し自身の前髪を軽く持ち上げてみせた。王子様らしい綺麗な金髪。


「僕は髪がこの色だから。黒くない時点で母上の興味の対象外なんだよ」


 クレソンさんはクスリと笑うけど、私は笑うに笑えなかった。それ、すごい差別だし、悲しいことだと思うのだ。


「そんな顔しないで? エース。僕自身も、母上があぁいう人なのは昔からだから慣れているし、もう親が恋しいとかいう歳でもない。僕はエースがいればそれで十分なんだ。もう多くは望まない。ただし、一番の望みだけは必ず叶えようと思う」


 クレソンさんの視線が熱くてエロい。これ、視姦ってやつの一瞬じゃないの? 指一本動かさずに全裸にされちゃったみたいな恥ずかしさである。


 それに私は、人前で口説かれることに慣れていない。どこかに隠れてしまいたい気分だけど、ここは狭い馬車の中。顔の火照りが引くのを俯いてやり過ごすことにした。


 なのにこの二人ときたら……!


「クレソン、今エースにキスしたいでしょ? してもいいわよ」

「アンゼリカ、さすが分かってるな。遠征に出てからエース成分が不足してるんだよね」

「二人とも調子乗らないでください!」


 そうやってワイワイ騒いでいたら、遠くの空に白亜の城影が見えてきた。王都だ。


 そして私は、とんでもない辞令が下っていることも知らずに、意気揚々と帰還を果たすのである。



   ◇



 城は夕闇に包まれていた。白亜の白が桃色から藍色に染まっている。相変わらず荘厳なお城をバックに南門が完全に開け放たれていて、その延長線上の石畳に長い赤絨毯が敷かれていた。そこに立つのはハーヴィー王国国王。王妃様の夫であり、クレソンさんの父親である人。そう、王直々のお出迎えだったのだ。


 遠目に見ても、王の表情、目力が以前よりもはっきりしたものに変わっている。それを宰相が少し離れたところで苦々しげに見つめている姿もあった。


 マジョラム団長のエスコートで馬車から降りた王妃様は、楚々とした様子で王様の元へ歩み寄り、跪くようにして頭を下げる。でも王はすぐに王妃様の手を取って彼女を立ち上がらせた。対面する二人がどんな言葉を交わしているのか、私のいる場所からは聞こえない。けれど、とても穏やかで幸せなオーラで包まれているのが見てとれた。


 集まっていた城に勤める騎士や侍従、侍女、下働きの人も集まってきて、盛大な拍手が響き渡る。こんなに大きな音になるのは、私が張った城の結界への反射音もあるのかな? この中に文官の人数が少ないのが少し気になるところなのだけど、ここに来ないのはどうせ宰相の手先なのだろう。ふんっ。


 何はともあれ、これで五年ぶりにハーヴィー王家全員が再び城に集うこととなる。遠からず、あの二人の隣に王子のクレソンさんとマリ姫様が立ち並ぶ日が来るといいな。私は、そう願わずにはいられなかった。



   ◇



 さて! 王妃様を発見し、無事に城まで護送することができた我ら王妃捜索隊は、目的を完遂したと言える。一度クレソンさんの元にメンバーが集合し、正式に解散の令を受けた。お母さんは王妃様のお客様という扱いで、一度城に入ることになるみたい。サフランさんもそれにくっついていく。じゃ、私は第八騎士団第六部隊に戻らなくっちゃ!


 私は白の魔術で、れいのキューブから圧縮していた荷物を元通りに外へ取り出して、それぞれの持ち主にお返しした。一連の手品みたいな光景は、城内の騎士さんや侍女さん達からもすごく注目を浴びてしまって、もっと目立たない場所でやればよかったと反省してみたり。


 その後は自分の荷物を騎士寮に片付けて、第八騎士団第六部隊の隊長室へ向かう。また報告書書かなきゃいけないんだろうな。今回私は、新技も作っちゃったし、味噌村のこともあるから、かなりのボリュームになりそうだ。


 隊長室へ行くと、オレガノ隊長を始め、コリアンダー副隊長、ディル班長、他の班長も出揃っていた。


「エース、ご苦労だったな」

「ただいま戻りました!」


 私は、オレガノ隊長に笑顔の敬礼を返す。でも、何だろう、この部屋の雰囲気。明らかにいつもと違う。どこか皆の表情が硬いのだ。


「隊長、早速いろいろ覚えているうちに報告書書きたいので、そこの机借りてもいいですか?」


 私が隊長に声をかけると、隊長は一瞬気不味そうに目を逸らした後、じっとこちらを見据えた。


「エース、報告書は後で良い。先に王との謁見だ」


 王様と? 私なんかより、先にマリ姫様と会ってほしいんだけどな。それにしても何の御用かしら。村での王妃様のご様子ならば、私のお母さんとサフランさんの方が的確に説明できるだろうし。


「あ、隊長」

「なんだ?」

「今回も、本当に王様との謁見ですよね?」


 以前のことがあるので、念の為確認する。オレガノ隊長もあの一件を思い出したらしく、ちょっと苦い顔をしながら頷いた。


「あぁ、そうだ。今回はちゃんと王から文官へ、そして騎士団本部へ下りてきた通達だから確かなはず。安心して行ってこい」


 いや、何言われるか分からないので、安心はできないのだけれどね。だって王様はまだ私のこと、異世界人って知らないでしょ?


 渋々隊長室を出ていこうとしたら、再びオレガノ隊長に止められた。


「エース。お前がどうなろうと、俺達は仲間だからな」


 上官と部下という関係ではなく、仲間か。なんたかほっこりとしまった私だが、隊長の言いたかった意味について身を持って知るのはそれから一時間後のこと。


 私は玉座の間にいた。玉座には王様。その隣には王妃様も座っている。そうだよね。これがあるべき姿だよ! としみじみしていられたのも束の間。私は、とんでもないことを聞かされて、意識を失いかけていた。


「王妃捜索に際し、多大な貢献をした騎士エースに褒美を言い渡す。本日付で、第八騎士団第六部隊所属のエースを、第八騎士団副団長に命ずる!」


 つまりそれって、私は第八騎士団第六部隊所属の騎士じゃなくなるってことだよね。一応出世なのかも。いや、そんなことより重大な事実に気づいちゃったよ! もしかして私、オレガノ隊長よりも偉くなっちゃった?! えー、無理だよ、無理無理!


 クレソンさんがかなり飛び級して騎士団の総帥になった時も、それなりに驚いたものだけど、我が事となると衝撃が強すぎる。


 その時、ふと王座の近くで誰かの気配を感じた。視線をすっと左に逸していくと、上座の奥の方に扉があり、そこからこちらを覗いている人影があった。


 あ、マリ姫様。


 親指を立てて、ニヤニヤしてながら私を見つめている。まさか、この出世はマリ姫様の差し金?! もしくは、王妃様発見のことをグッジョブしてくれてるのかな。


 どちらにせよ私、今日からどんな顔して生きていったらいいのー?!


 なぜか転移初日よりも慌てふためく私であった。



王都への帰り道、もう一つの馬車のメンバーは、王妃様とマジョラム団長。そして、アンゼリカさんとベタベタしすぎてマジョラム団長から叱られたステビアさん。さらには王妃様の心の支えである姫乃ママとサフランさんが乗り込んでいます。これって、重量オーバーってか、キャパオーバーじゃね?とか思いつつ、王家の馬車はデカイから大丈夫!という作者的ご都合解釈により、こうなりました。



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