58攫われちゃった
お城のダンスホールには、予想通り簡単に入ることができた。ミントさん、お城でもけっこう有名なようで、招待状が無くとも顔パスできる状態で。私も、彼女の同伴ということで信頼されたのか、すぐに中へ通された。
ダンスホールの中はお城の中でも特にきらびやかな場所。体育館がちょっと豪華になった感じかなと想像していたけれど、何のその。見上げる程に高い天井からは、大小様々なシャンデリアがぶら下がり、白い壁には全方向に細かなレリーフや絵画が施されている。大きな木の絵があるけれど、あれは世界樹がモチーフなのかな? 床は黒光りする石でできているようで、俯くと鏡みたいに私の顔が映り込む。流れている音楽の生演奏もクラシック系で素敵だし、もう、この建物自体が芸術品のようだ。
中にいる人は男性は見覚えのある騎士ばかり。女性は先程青薔薇祭で観戦していた女性が中心だ。つまり、身分の高い美人な方がいっぱい。ようやく場の雰囲気に馴染みつつあったけれど、私はどことなく居心地が悪くなってきた。
「ミントさん、私はやっぱり場違いですよ」
「何言ってるの? あなたは青薔薇祭でベスト十六に残った猛ジ者であり、誰もが羨む黒い瞳を持っているのよ?」
「もしかしてミントさん、見に来てくれてたんですか?」
「当たり前じゃない。あなたは私の愛弟子でしょう?」
そうだね。最近は槍でオレガノ隊長に師事してばかりだったけれど、魔術の先生はミントさんなのだ。
その時、こちらへ向かってくる人影があった。私は思わず「ヤバい」と呟く。
「これはこれは」
「あーら、オレガノ隊長。良い夜ですわね」
オレガノ隊長は第一礼装の騎士服をビシッと着こなし、いつもの五割増でカッコよく見える。ミントさんは、ちょっと意味有りげに私の方を向いてニヤリとすると、再びオレガノ隊長に向き直った。
「その節は、うちのエースが世話になったようで」
隊長、わざわざ私の話をしに来たんかい?!
「いえいえ、こちらこそ、私のエースがお世話になっているようね」
「いやいや、S級冒険者との闘いの際には、魔術の基礎を仕込んでもらったとエースから聞いている。何分俺は槍しか振るえない武術バカで、魔術のことは魔道具の扱いぐらいしか分からないんだ。今後とも、よろしく頼む」
お互い、私のことを自分のものだと言い張っていたけれど、今回は先に頭を下げてしまった隊長の勝ちだね。ミントさんは「もちろん」と快諾しながらも、ちょっと不満そう。そこへやってきたのは――。
「ギルドマスターも、夜会で伴侶探しですか?」
コリアンダー副隊長だ! 隣に立っているのは着飾ったラベンダーさん。侍女服じゃないの、初めて見たよ。普通に綺麗なお姉さんなのに、なんであそこまで自虐的だったのだろう。ま、今は幸せいっぱいそうに見えるので良かった、良かった!
「いいえ、私ではなくこの子のね」
ミントさんが、私をコリアンダー副隊長の前に突き出した。副隊長は、しげしげと私を観察する。もう、やめてくださいっ。さすがにこれはバレるんじゃ……と思っていたら、やっと会いたかった人がやってきた。
「皆さん、ダンスはいいんですか?」
さりげなく、こちらの輪に入ってきたのはクレソンさん。胸元では青薔薇が輝いている。私は思わずクレソンさんの名を叫びそうになって、慌てて口元を抑えた。
「ねぇ、オレガノ隊長。今年の優勝者にこの子を紹介してもよろしくて?」
「怪しい者ではあるまいな? もし半王派の密偵だったならば……」
「それだけはありえないわ」
ミントさんは即答。
「そうだな。オーラの色がエースと似ているから、大丈夫だろう」
え、オレガノ隊長ってオーラとか見える人なの?! しかも私を基準にする意味が分からない。これにはミントさんもちょっと不味いと思ったらしく、急いでクレソンさんに近づいていく。
「この度は優勝おめでとうございます。こちらは姫乃。私が見たところ、今年ギルドに入った中で最も期待できる女性ですの。よろしければ、ダンスを付き合ってやってくださいません?」
すると、クレソンさんはハッと息を呑んだ。私達はピタリと目を合わせる。私はにっこりとほほ笑んでみせた。クレソンさんが口パクで「エース?」と尋ねてくる。私は小さく頷いた。
「こんな美しいお嬢さんにお相手いただけるなんて光栄です。ご紹介ありがとうございました」
クレソンさんは私の所へやってくると、ピタリと寄り添って私の腰を抱く。そして耳元でこう囁く。
「エース、いや、姫乃、とっても綺麗だよ」
女の子の姿で口説かれるのは初めてだ。いつもよりも、胸にグッとくるものがある。私は茹で蛸みたいに顔を赤くしてしながら、高貴な女性を気取って返事した。
「クレソン様も、騎士服と青薔薇がとてもお似合いですわ」
「クレソン様……か。その呼び方も悪くない」
クレソンさんが、いつもは見せないニヤリとした顔をする。もしかして、変なスイッチ押しちゃったのかも?!
「では、姫乃殿。あちらで踊りましょう」
「喜んで」
青薔薇祭の優勝者は、嫌でも目立ってしまう。だから一緒にいる私も目立ってしまう。どちらを向いても見られてばかりで、私はおろおろしながらダンスホールの中央へと進んでいく。途中、貴族のご令嬢達の群衆がいて、その隙間から心底嫌そうな顔をしたラムズイヤーさんが見えた。そう言えば、彼もいいところのお坊ちゃんだったな。
「ラムの奴は、後で労ってやらないとな」
「どうしてですか?」
「さっき、僕もあぁいう女性達に取り囲まれてたんだけど、元王子よりも公爵家長男の方が先が明るいと教えてあげただけなんだけどね」
なるほど。そうやって撒いたんですね。気の毒なラムズイヤーさんには、今度とびっきり美味しい和食でも御馳走しましょう。
その後は、覚えたてのダンスをクレソンさんと踊った。アンゼリカさんのお屋敷では、なぜか男性パートも踊れるアンゼリカさんや、執事さん、侍従さん達とも練習に付き合ってもらったのだけれど、ここまで上手くはいかなかったと思う。私のにわか仕込みでたどたどしい動きにピタリと寄り添ってくれるのだ。きっとクレソンさん自身がダンスが上手い上、いつもみたいに優しい気遣いをしてくれているからなのだろうな。
でも、一曲で十分だ。視線は浴びるし、ドレスは重いしで、すっかりくたびれてしまった私。クレソンさんは私を壁際にあったソファへ連れて行ってくれて、何か飲み物を貰ってくると言い、離れてしまった。私は久方ぶりの一人きりに、ちょっとほっとした気分になる。
なので、決して油断していたわけではなかった。ただ、私は運がとてつもなく悪かったのだと思う。
クレソンさんが私の元を離れて数分後。ダンスホールの天井が赤く光り始めた。何事だろう? 私の視界内にいるほとんどの人は、楽しそうに歓談したりダンスをしていて、全く気づく様子が無い。その時だ。ダンスホールの入り口が荒々しく開け放たれた。
「エースはいるか?! 命までは取らねぇ。早く出てきやがれ!」
耳障りな大声をあげて入ってきたのは、冒険者に似た雰囲気の武装した男達。皆大柄で無精髭が生えていて、蛮族とか、テロという言葉が脳裏に浮かぶ。私の近くにいた女性達は、それぞれが自分の知り合いと肩を寄せ合うようにしてひと塊になり、小さくなっている。
「エースはいないのか? ん? まだ見つからないだと?!」
入ってきた男達のリーダーと思しき人がこちらにまで練り歩いていた。仲間もホール内を駆けまわって、人々の背格好や外見を確認してまわっている。
そういえば私、青薔薇祭では変装していなかったのだ。最近は養子縁組や結界魔術の依頼も少なくなってきたし、他の騎士団にも味方が増えてきた。それに、激しい闘いになるのでウィッグなどは邪魔になるだろうという判断がオレガノ隊長から下ったためだ。つまり、騎士エースの外見は、恐ろしい侵入者達にも正確に把握されているにちがいない。
「いません」
「あちらの方にもいませんでした」
「何だと?! せっかく奴らの部隊まで苦労して移動させたというのに」
え? どういう意味?! 見渡すと、先ほどまでいた第八騎士団第六部隊の先輩方の姿が全く見当たらない。しかも、ミントさんやアンゼリカさんですらいなくなっているではないか。っていうことは、今の私、本当に独りぼっち?
リーダーらしき男はさらに大股でこちらへ近づいてくる。
「っとに、また働き損かよ。エースとかいう奴は馬鹿だから、何も考えずに夜会へ出てくると言ってた癖によ! 今度こそ生け捕りにしないと金が出ねぇんだ。お前ら、もう一回探せ!」
彼は、かなりイライラしているようだ。その口ぶりから察するに、私は以前からずっとこの人達に狙われていたのかもしれない。これまで無事でいられたのは、いつもさりげなく皆が私を守ってくれていたのかもしれないな。
「やはり見つかりませんでした」
「黒髪黒目の小柄な男なんて、いやしません」
「畜生。俺はここ三日も酒すら飲んでねぇんだ。よし、外探すぞ!」
リーダの男は仲間達に「行け!」と号令をかけた。命令された男たちは一目散にホールから走って出て行ってしまう。けれど、彼自身はその場から動かない。
「エースが見つからないからって、何も手土産なしってわけにはいかねぇからなぁ」
男は、目だけを動かして周囲を確認する。
「ん? ちょうどいいところに、黒目の女がいるじゃないか」
はい。目が合っちゃいました。
「お前、俺と一緒に来い」
「嫌です」
私が首をブンブン振ると、男は乱暴に私の腕を掴んだ。
「俺は、お前がどこの家の者でも怖くないぞ? 痛い目に遭いたくなけりゃ、さっさと立ちやがれ」
男は無理やり私を引っ張る。抵抗しようとした瞬間、腕の辺りでカチリという音がした。
「え?」
「下手に魔術でも使われたら厄介だからな。封じさせてもらった」
しまった。今の私はエースではないので、ギリギリになるまで結界を使わずにおこうとしたのが仇になったのだ。
「よく見りゃ、それなりに綺麗な嬢ちゃんじゃないか。近々俺が直々に可愛がってやるよ」
男は私を荷物のように担ぎ上げた。腕に取り付けられた腕輪は、魔術を封じるだけでなく、眠気を誘う効果もあったようだ。どんどん遠くなっていく意識。最後に聞いたのは、耳元で笑う下種な男の声だった。
◇
次に気がついた時は、まず床が冷たすぎて驚いた。私は暗闇の中にいる。少しずつ目が慣れてくると、そこは石造りの半地下にある場所で、出入口らしきものは頑丈そうな鍵がかかった格子戸だけということが分かった。きっとここは牢屋の類なのだろう。
耳を澄ませると、下品な男の笑いと、時折怒ったような声が交互に聞こえてくる。きっとさっきの男たちのアジトのような所へ来てしまったにちがいない。
私は深いため息をついた。
取り付けられた魔術封じの腕輪は抜けそうにもないし、意識がまだ若干混濁している。そんな夢と現の境目にある状態で、必死に冷静になろうと足掻いてみる。
そうだ。確かコリアンダー隊長が取り付けられたという魔術封じの道具は、赤青黒緑青の魔術が使えなくなると言っていた気がする。となれば、白の魔術はどうだろう? 白を使える人なんて私以外には知らないから、もしかしたら封じられていないかもしれない。
私は、全身に流れる魔力を腕輪の辺りに集中させようとした。
駄目。できない。
なぜか、体にうまく力が入らないのだ。
私、このままあの男の慰み者になるのかな? それだけは嫌だな。エースの状態で捕まって、その後で女だとバレるよりかは良いかもしれないけれど、もうお先真っ暗だ。何せ、この世界にはスマホもGPSも無い。誰も私を見つけることができないかもしれない。そうなると……どうなるのだろう。きっと私を誘拐したのは宰相かその手先の指示にちがいない。どう転んでも、良い未来なんて思い描くことができないのだ。
見上げると、はるか遠くの方に小さな窓がある。そこから、夜空と月がこちらを覗き込んでいた。
クレソンさん、心配してるかな。他の皆も大丈夫かな。せめて、私以外の皆は無事だといいな。






