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106笑って誤魔化しちゃった

 マリ姫様の言葉は本当だった。旅立ちの準備は、マリ姫様自身の荷物だけでなく、出発のセレモニーの支度までなされていたのだ。


 まず、ハヴィリータイムズを始めとする主要な新聞社や冒険者ギルドに出立の知らせが届き、すぐに王都だけでなく国中がその一大ニュースに湧くこととなる。元々庶民からも人気の高かったマリ姫様が世界樹にその身を捧げるということは、様々な反応に分かれた。


 生贄と捉えて泣き崩れる人もいる一方で、世界樹の現管理人の力の衰えを目の当たりにしてきた貴族や騎士、商人、辺境の村人達は、今後の生活や安全が守られることを知って喜び寿ぐ。大きな街ではマリ姫様を聖女と崇めて、祭り騒ぎになっている所も多いようだ。


 城からは、予め用意されていた招待状が一斉に貴族達に送られていた。すぐに直参した者達でひしめき合う玉座の間では、この日のために作曲されていた壮大な音楽が生演奏で響き渡り、旅装に身を包んだマリ姫様が兄であるクレソンさんと、一段低い場所で一人椅子に腰掛ける父親である前王を仰ぐ。


「これまで大変お世話になりました。私、ローズマリーは世界樹の元へ行き、お役目を全うして参ります」


 凛とした佇まいのマリ姫様は、既にこの世のものではないかのような不思議なオーラを纏っていて、誰もがその美しさと神聖さに息を呑んで見守っている。


 最後に、高らかにラッパの音が鳴って、それを合図に玉座の間を後にするマリ姫様。振り返ることなく、しっかりとした足取りで去っていく。儀式的なものはここまでだった。


 出立は、やはり南門である。そこには、既に旅の仲間達が集まっていた。


「今回、王家の人間の立ち会いは叶わぬ故、私が代わりに見届けることになった」


 そう言って私に近づいてきたのは、マジョラム団長だ。以前、王妃様捜索隊で旅した時よりは、役職的に近くなったはずなのだけれど、未だにこの方の近くにいると背筋が伸びる。というか緊張する。たぶん悪い人ではないのだけれど、ちょっと監視されてるような気がしてしまうのよね。


 アンゼリカさんとステビアさんも一緒だ。あれ? この二人、また仲良くなってない? 私の知らぬところで何か進展があったのかな。最近アンゼリカさんのクールさが少なくなってきた気がするのだ。それはそれでちょっぴり残念だったりもする。


 オニキス王子も、旅装で集まっている。この方も王子のわりに庶民的というか、かなりの軽装備。しかも、ブーツとかコートとか、かなり使い込まれた感があるあたり、実はやんちゃな人なのかもしれない。


 あれ? さらに、あのお姉さんも来てくれてるよ! と驚いていたら、そこへ、数人の男性がやってきた。


「エース、久しぶりですね」

「お前、女だったんだな」

「あ、お久しぶりです!」


 それは、私の初遠征先であった西部の街を管轄とする第四騎士団のコンフリー団長とエルダー副団長だった。部下を引き連れて、わざわざ挨拶に来てくれたらしい。


「やっと昇進できたんですね」

「それにしては偉くなりすぎじゃないか?」

「今副団長以上の席にいる人で、あれだけのことをできる人なんて、彼女以外には存在しません」

「つまり、正真正銘実力で勝ち取ったってことだな!」


 私が第八騎士団副団長になったことで、表立って妬みなどを受けたことはない。特に第八騎士団の中では、かつてマリ姫様の生誕記念式典の時のパフォーマンスの際に協力してもらう中で、既に信頼を得ていたからというのもあり、「エース副団長!」と呼ばれて慕われているところがある。


 でも、他の騎士団ではそうもいかない。第二騎士団以外は、どことも上層部には遠征などで顔を売っているので心配はないけれど、平騎士にかかれば「あの女、どうへ媚売って出世したんだろう。大した色気も無いくせにな」と思われているらしいのだ。


 元々騎士団という場所は男所帯。国中から集まってきたいろんな人で構成されている。確かに私はぽっと出の異世界人だし、誤解されていることも多いだろう。


 そんな私が、マリ姫様の旅では「救世主」という特別な名前で呼ばれ、マジョラム団長を凌ぐ扱いを受けようとしている。それを野次馬を含めたくさんの騎士が見守っているのだ。


 私は、南門の側に急工事で作られたお立ち台の上に、マリ姫様と二人で立っていた。他の旅の仲間達は、一段下の所で跪きこちらを見上げている。マリ姫様は立場上慣れているのか落ち着き払っているけれど、私はこんなの初めてなので足がガクブル状態。こんなの聞いてないよー!


 そんな中、マリ姫様は最後の挨拶を始めた。


「まず、出立の見送りのため、わざわざここにお集まりくださった皆様、ありがとう存じます。ローズマリーは皆様の生活を守るため、世界樹の元へ参ります。もうここへ戻ることはありませんが、いつまでもいつまでも、皆様のことを世界樹の目を通して見守り、世界の平和と安寧を祈りたく存じます」


 最後にふわっと笑みを浮かべるマリ姫様。群衆はそれに応えるようにわっ!と湧いた。


「次に、私の旅にお付き合いくださる皆様」


 マリ姫様は、跪く旅の仲間達に目を向ける。


「旅は、かつて無いほど危険なものになるかもしれません。それにも関わらず、その任をお引き受けくださったことに感謝いたします。私の旅は必要なものです。無事に辿り着けるよう、皆さんの力をお貸しください」


 マリ姫様のゆっくりとした語りかけに、めいめいが大きく頷き賛同した。


「そして、王都から北の森まで護衛してくださる第九騎士団と有志の皆様。未だ我が国の情勢が完全に落ち着いたとは言えない今、貴方がたの心遣いと行動力に感激しております。どうか私と旅の仲間をお守りくださいませ」


 そうなのだ。あの第九騎士団は、大蜘蛛退治だけで解散というわけではなかったらしい。これにはクレソンさんの企みが見え隠れしている。


 今のところ、王族を守るという役割を持った第一騎士団は、人手が全く足りていない。というのも、ジギタリスの毒牙にかかって元宰相派に引きずり込まれて暗躍していた人があまりに多すぎたのだ。そこでクレソンさんは、ラムズイヤーさんやニゲラ団長を顎で使いまくって、徹底的に騎士たちを調べ上げた。今は信頼できる方達しか残っていない。でもそれは両手の指で数えられるぐらいの人数しかいないのだ。


 本来王族は、もっと大切にされたり守られたりして然るべき。なのにこの状態。そこで浮上したのが、この第九騎士団の存在である。


 この幻の騎士団は、クレソンさん自らが団長となって指揮できる上、何より彼に忠実で、やる気のある者が多い。しかも、自然と各騎士団の実力派を根こそぎ掻っ攫ってきて揃えたようなメンバーになっている。ちなみに私も、その名簿に載っているらしいよ。全く活動してないけどな。


 さて、クレソンさんは王として即位後、この機会に自らの力としての第九騎士団を国中に知らしめようとしている。王都から地方へ向かい、これまでの王とは違うんだぞ、地方のことも見てるし、武の力も強いから安心してついて来い!っていうパレード的な意味合いってことね。


 マリ姫様出立の祭り騒ぎに便乗して、権威も高めようなんて、クレソンさんもいろいろ考えるようになったんだなぁ。なんて思ったそこのあなた。実は、これには裏がありまして。


「エースとできるだけ離れたくないなぁ。オニキスがいるからっていう名目で途中までついて行っちゃおうかな。あ、第九騎士団の招集かければいいんだ。じゃ、エース。街で宿泊する時は、一緒の部屋に泊まろうね。この前の続きしてもいいよ?」


 そうなのだ。今回クレソンさんは、第九騎士団団長として、私達の旅に途中まで同行してくれることになっている。うん。素直に嬉しい。でもね、これって絶対に職権乱用だよね?! だって、動機があまりにも不純で個人的。それに、ここまで多くの騎士を引き連れて移動したら、どの街に行っても迷惑になってしまいそうだよ。と、私は内心頭を抱えていたのでした。てか、この前の続きって、何?!


 さて、脳内現実逃避はここまで。マリ姫様は駆けつけていた前王や前王妃様など、家族へも、これまでの礼を淡々と述べていた。侍女さん達、城で働く皆さんへのお言葉もあったのが印象的。


 そして、マリ姫様が次に向き直ったのはクレソンさんだった。クレソンさんは、さっき第九騎士団の代表として言葉をもらっていたはずじゃ。


「お兄様」


 あれれ。マリ姫様の声のトーンがこれまでと違う。私は衛介モード起動の予兆を察知する。


「エースのこと、よろしく」


 わわわ。短い言葉に何万トンという重圧がかかってるよ、これ。クレソンさんは若干顔を引きつらせながらも、マリ姫様に毅然と向き直ったままだった。


「お任せください」


 んー。二人の間に火花が散ってる。何を今更、と思えるのも私は事情を知っているからだよね。でも他の集まった皆さんは、二人の空気を掴みきれなくて動揺してるよ。でも、説明する気にはなれません。だって、恥ずかしいじゃない。


 そんなことがありながらも、いよいよ出立予定時刻が目の前に迫ってきていた。


「では、最後にエース。いや、姫乃」


 マリ姫様が、若干姫モードを脱ぎ捨てて私の方を見つめる。


「(俺の、俺だけの)救世主。どうか世界樹まで導いて(くれ)。姫乃がいるから、俺は……」


 もー! そんなこと言われたら私、まだ旅はこれからだってのに泣きそうだ。マリ姫様も、被った猫が完全に剥がれちゃってるよ。よーし、こうなったら――。


 私は近くにいた第八騎士団第六部隊の顔馴染みの騎士さんに、合図を送る。すぐに出立を知らせるファンファーレが辺りに鳴り響いた。


「それでは皆様、どうかお元気で。さようなら」


 マリ姫様はハンカチで目元を押さえながら、最後のご挨拶。私も、鼻水をすする。マリ姫様は早くもフラフラになっていたので、私は彼女を支えながら壇上から降りた。そして、用意されていた王家のデッカイ馬車に乗り込もうとした時。馬車の御者さんが私に話しかけてきた。


「エース副団長、まずは王都の大通りを北に向けて進みます。そこからの道はご指示いただけますか?」


 え、ご指示?


「私、世界樹の場所なんて知らないよ」


 しーん。


 っていう効果音が似合うぐらい、辺りは静まり返ってしまった。何、この、救世主ならば場所ぐらい知ってるだろ?みたいな空気は……!


 何となく北の森の奥深くっていうイメージはあるのだけれど、地図も手がかりも無い。白の魔術も第八十五制限装置まで開放したけれど、RPGみたいにマップがポンッと出てくるようなチートはあるわけもなく。


 私は気まずくなって、日本人の得意技「笑って誤魔化す」を発動した。あはは。



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