105夢の中※
今回は短めです。ごめんなさい!
次話からはいつもぐらいの長さになるはず……です。
★今回はマリ姫様視点のお話です。
「おやすみなさいませ」
ラベンダーが一礼して部屋から去っていく。
夜、ではない。エースとクレソンをれいの部屋に送り出してから、いつものように目眩を起こして自室に戻ってきたところなのだ。俺は依然として体が弱く、日中でもこうして横になることが多い。
この大きなベッドに寝転がってぼんやりできるのも今日で最後か。と思うと感慨深くもある。遠くまで来てしまったな、とも改めて思う。
どうして前世の記憶などを持ち合わせて生まれてしまったのか。幼い頃はそれに悩んだこともあった。未発達な脳では許容量を軽く超える知識と感情。子どもらしく振る舞えない自分にも嫌気がさしていた。
それが今のように落ち着いていられるようになったのは、夢を見るようになってからだ。ほら、今みたいに。すっと腕にある世界樹の次期管理人である証がほんのりと熱をもつ。それに引っ張られるようにして、俺は選ばれし者だけが見ることのできる世界へと、旅立っていく。
次に目を開けると、そこはすっかりいつもの場所だった。もちろん、俺本体はハーヴィー王城の自室の寝台の上にある。だが、意識は遊離して、こうしてあの子に会いに来ることができる。
あの子は、姫乃に似ている。という気がする。そこには実体があるはずなのに、なぜか印象しか残さない。具体的な身体的特徴が記憶に残らないのだ。でも、声ははっきりとしている。
「エースケ、いよいよですね」
彼女は話し方が丁寧だ。少し年上の姉のような声色。俺をその優しさで包み込んで、やがて丸め込み、いつしか俺はこの子に囚われてしまった。いや、むしろ初めから彼女の手のひらの上で俺は誕生し、そして彼女の一部へと還っていくという運命を持っているのかもしれない。
そう。彼女は今の世界樹の管理人、ハヴィリンネ。正確には、過去の全ての世界樹の管理人の意識の集合体とも言える。俺は、彼女達の指から伸びた透明の糸で操られる人形だ。
「そうだな。これでお前も肩の荷が下りるだろう」
「そうですね。寂しくもありますが、もう私の力ではこの世界を維持することができません」
よく言うよ。早く交代できるように、必死に世界樹の管理人としての英才教育を俺に施し続けてきたのはどこの誰だ。
次期管理人には、世界の地理や自然の摂理、動植物魔物の種類といった基本に始まり、魔素の循環の原理や自然を制御する方法などの応用編まで広く深い知識が求められる。持っている力を行使するための心構えや守るべき規則などの教えもあった。もちろん、架空の空間での実技試験まであって、かなり本格的。これだけ夢の中で振り回されてりゃ、現実の世界で体も弱くなるわけだよ。
「ま、任せとけって。俺の覚悟は随分前から決まってる。後は、お前の本体がいる場所へ向かうだけだ」
その子は俺の前までやってきた。圧倒的な存在感が、俺の両肩に触れ、その手が俺の両頬までやってくる。
やはり、姫乃に似ている気がする。俺にとっては、超絶美少女で、かけがえのない人。なのに、俺は前世でも今世でも、彼女の期待に応えることができなかった。俺も、彼女と共に在りたいと望んでいるにも関わらずだ。
どうしても、姫乃に似て非なるこの存在に引っ張られ、なぜか恋い焦がれるような気持ちにさせられる。これは自分の本心ではないはずなのに、この子との約束を守らなければならない気にさせられて、そこからはどうしても逃れることができない。
これこそが、次期管理人の器である証拠だとハヴィリンネは言うが、俺は自分の優柔不断さや冷酷さが決して許されるものではないと知っている。世界は守られなければならない。それができるのは、俺一人だ。分かっているのだけど、どう転んでも姫乃が泣く結末にしかならないのが腑に落ちない。
「確かに覚悟は決まっているようですが、あまりにも大きな心残りがあるようですね」
ハヴィリンネは俺が喋らずとも、俺の感情を読み取ることができる。近年それはより顕著になってきた。きっと、俺は既に魂レベルで世界樹に絡め取られ、その一部となりかけているのだろう。
「まぁな」
心残り、か。不満がある、というつもりだったけど、ここを去りゆく俺は、二度と戻れない道を進んでいく。やはり、ハヴィリンネの言う通り心残りに相違ない。
「あなたと救世主、姫乃との絆は、かつての管理人と救世主との関係を振り返っても、類を見ないほどの絆で結ばれていることは、よくよく承知しております」
それなら、この状況どうにかしてくれよ。
その子は、困ったように俯いてしまう。
「では、特別にあなたの望みを一つだけ叶えてさしあげましょう。でも」
「分かってるよ。管理人を継ぐことが条件なんだろ?」
やはり、そういうことらしい。
そうだな。何がいいかな。
前世にも今世にも、心残りが多すぎる。日本の親はどうしてるかな、とか。クレソンの奴、ちゃんと王としてやっていけるのかなとか。でも何より気にかかるのは――。
「あなたが私の元へやってくるまでに、まだ時間があります。決めるのは今でなくてもいいのですよ」
「いや、今言う。ハヴィリンネ、これにしてくれ」
そして俺が告げたことに、あの子はとても驚いた様子だった。
「そういったことを叶えたいならば、もっと効率的な望みもあるでしょうに」
「いいんだよ、これで」
最後の望みぐらい好きに決めさせてほしい。
「クレソンと姫乃の仲に水を差すようなことになりませんか?」
「なるわけがない。俺が入れる余地なんて、元々なかったんだよ。それぐらいに二人は愛し合ってる。そもそも、俺が女に生まれた時点で全てが決まっていたんだ。そうだろ? ハヴィリンネ」
「そうですね。そういう運命なのです」
その運命を受け入れて、俺は俺が選ぶ道を進んでいく。
姫乃、俺とお前は本当に不思議な間柄だった。所謂両想いなのに、なぜかすれ違って、間もなく永遠の別れを迎える。だけど、それで終わるような俺達ではないと思う。だからこそ、俺はお前に遺したいものがあるんだ。
俺のこと、忘れないでほしい。
それと、二人の役に立ち続けたい。
想いの結晶を、置土産にするんだ。
少しだけ解説。
マリ姫、そして衛介は、どうして姫乃が好きなのに積極的に彼女と結ばれようとしないのかとういうと、ハヴィリンネの管理下に置かれ、次期管理人の運命を背負っているために、そういった方向に向かえないよう制御されているのです。なので、本人すら違和感を抱きつつも、このような状況になっているのですね。そのため、姫乃に愛を囁きながらもクレソンも応援し、次期管理人になることも受け入れてしまうという……彼、そして彼女が本作の一番のヒロインなのかもしれません。






