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第10話





■side:日本適合者協会 大神 健太郎






「……またか」

 

 私は思わずそう口にする。


 大小合わせると数えきれないほどのダンジョンがあり、毎日攻略されていく。

 その中には犠牲者が出たなんてこともよくある。

 たまに全滅したという所もあったりするが、まず滅多に起きない。

 何故なら数々の犠牲の元に生み出された判定システムがあるから。

 これによりダンジョンの正確な実力を把握し、更にその実力以上の実力者集団でなければ攻略許可を出さないためだ。 

 しかしそこまでやってもたまに起きてしまうのが残念な所である。


 そしてダンジョンで大きな被害が出る度に「ダンジョン放置論」や「一流チームのみで攻略すべきだ」という意見。

 ダンジョンは放置すれば周囲を浸食して世界そのものを汚染する。

 そうなればダンジョンからモンスターが溢れ出して周囲が地獄となるだろう。

 だから放置など論外だと言うのに何故か一定数そういった意見がある。

 次に一流チームを組んでだが、これも効率が悪い。

 大きなダンジョンならともかく、小さなダンジョンを含めると三桁に届く。

 その数を攻略するのにどれだけの日数がかかると思っているのか。

 放置する時間が長いほどに浸食が起きやすくなるというのに。

 もっと言えば一流ほど自らの企業を立ち上げており、利権絡みのためにチームを組むなんてことがない。

 よほど重大な案件でもなければこちらからも要請することはないというのもあるが。


 そんなことを考えながら資料を読んでいると、ふと生存者の項目で手が止まる。


「確かこの2人は……」


 前に起きたほぼチームが壊滅した事件の生き残りだった2人だ。

 それが今回も、しかも2人とも生存?


「う~ん」


 何やら裏がありそうな気もするが、あの時調べた限りでは低ランク冒険者であることは疑いようがなかった。

 何かしようにも格上冒険者達を全て相手にどうにか出来るとは思えない。

 それに今回は、他にも生存者がいる。

 彼らから証言が聞ければ良かったのだろうが、生き残りは全員「必死に逃げていただけで、よくわからない」らしい。

 こうなるとダンジョンも消滅したため、調べようがない。


「……本来、こういうことはしたくはないのだが」


 そう口にしながら机に置かれた電話の受話器を取り、内線ボタンを押す。


「―――私だ。君に少し仕事を頼みたい」






■side:一流企業のダンジョンショップ店長






「まあ、こんなものか」


 買い取ったダンジョン産装備の値付けを終えて一息つく。

 私は、いち早くダンジョンブームが来ると予想してダンジョンで使用する装備やアイテムの専門店を開業した。

 ダンジョン内では銃火器などが全く効かず、原始的な剣や槍、弓や体術などの攻撃しか通用しない。

 そして通常の鉄や鋼といったものよりも、ダンジョン内から取れる未知の鉱石やモンスターの素材で作った武具の方がはるかに強力だ。

 ダンジョン内から出るドロップアイテムと呼ばれるモンスターが落とすアイテムや誰が置いたのか宝箱から出るものは、非常に価値がある。

 なので最初は鍛冶職人が作った武具を売っていたが、ダンジョン産の装備品などを買い取って転売する事業もやるようになった。

 そうして今や全国展開するほどの巨大企業となり、今度海外にも進出しようかと計画している。


 ポ~ン!


 従業員用の来店客が来た合図が鳴る。

 今日はもうスグ閉店ということもあり、最低限の店員しか居ないが、まあそれで充分だろう。

 店の性質上、団体様がやってきてアレコレ購入というよりは、お金を持つ適合者が使用する装備を吟味して1品購入する方が圧倒的に多い。

 もしくはダンジョン内で手に入ったもので自分では使用できないものや高価なものを売り払ってお金にしたい適合者が来るぐらいだ。


「て、ててててて、てて店長ッ!!!」


 のんびりコーヒーでも飲もうと思っていたら店員の1人が慌てて事務所に駆け込んできた。


「どうした、そんなに慌てて?……もしかしてまた馬鹿が現れたのか?」


 極稀に己の力を過信して強引に値引きなどを要求する馬鹿が出てくることがある。

 そういう時は、適当に誤魔化しつつ協会に通報するだけでいい。

 スグに鎮圧部隊が来て、引き取ってくれるだろう。


「ち、違う、違うんですよッ!!」


 そう言いながら商品を預かる赤い布の豪華なトレーをこちらに突き出してきた。

 トレーには古びた小さな指輪が置いてある。

 不審に思いながらも、先ほど外した指輪をはめる。


 『鑑定の指輪』というアイテムの簡易的な情報を見ることが出来る素晴らしい一品だ。

 大金を支払って中国のオークションで購入してきた自慢のアイテム。

 これのおかげで度々あったアイテムなどの価値を見誤ることが無くなった。


「この指輪がどうし―――なんだとッ!?」


 指輪を手にして鑑定した瞬間、思わず叫び声をあげてしまった。



*疾風の指輪


 装着者の精神力を僅かに使用するが、装着者の素早さを20%上昇させる。

 また風魔法に対する抵抗値を1段階上昇させる。

 ただし同効果のアイテムと併用出来ない。



 効果を見て驚いた。

 オークションなど売られる品の大半は、微妙な効果なものが多い。

 何故なら強力なものは自分達で使用するからだ。

 よほど自分達と相性が悪いものでない限りは売ることはない。


 そしてこうした指輪型の気軽に装備出来て邪魔にならない身体強化アイテムは需要が非常に高い。

 そのため1割にも満たない上昇値のハッキリしないアイテムだろうが、体感で僅かでも動きがよくなれば数百万の値がつく。

 だが今回の品は、2割上昇とハッキリ記載されているし、何より精神力という魔法などを使う際に使用されると言われている魔力みたいなものを僅かに消費するだけで使用できるという点も大きい。

 もっと言えば追加効果で風魔法に対しての抵抗値が1段階上昇というのもあり得ない。

 モンスターの中には火炎を吐いたり水や風や土を魔法で操るようなものも居るらしい。

 そういった相手に対して防御値が上昇するというのは、イコール命を守ることに繋がる。

 デメリットに関しても大したことはない。

 素早さの身体強化に風魔法に対する抵抗値があるアイテムを装備している者など、それこそ超一流の適合者ぐらいだろう。

 なのでまずデメリットがネックになるようなことはない。


「ほぉ~」


 これほどの品なら本来は自分達で使用するだろうから市場に出るようなことはない。

 もしこれをオークションにかければ1億は確実にするだろう。

 それが、まさかウチに買取で来るとは……


「……ハッ! そうだ!お客様は!?」


「か、カウンターでお待ちです」


「す、スグに奥のVIPルームにお通ししろ!!」


 これほどの品を持ってきた相手をカウンターで対応するなんてとんでもない。

 是非とも買い取らせて貰いたい品だ。

 丁重におもてなしをしなければ。


「しかし、一体いくらで買い取るかが問題だ」



 ……………

 ………

 …



「いや、お待たせ致しました」


 にこやかな笑顔で部屋に入ると、まだ10代の学生に見える可愛らしい少女が座っていた。

 まあ最近は適合者でも学生のうちからダンジョンに入る者も多い。

 相手が若いからと手を抜く真似はしない。


「いえ~、それでどれぐらいで買い取って貰えますか?」


「これだけ素晴らしい品ですからなぁ~。……ちなみに希望額などありますかな?」


「残念ながらそこまで値段に詳しい訳ではありませんので、提示された額で考えようかなと」


「なるほど」


 なかなか会話が上手い子だ。

 そう思いつつ、とりあえず金額を提示する。


「私どもとしましては……850万でどうでしょう?」


「へぇ~、850万かぁ~」


 ……意外と冷静な反応に、こちらの方が驚いた。

 普通はこれだけ高額な提示をされれば驚くか、興奮するはず。

 まさか大手適合者企業の人間なのか?

 もしくはその代理人?


「おや、お気に召しませんか?」


「あ、いえ。ただ……」


「ただ?」


「適合者協会から950万で売ってくれと相談されても居るんですよね」


「なんと、そうでしたか」


 確かに協会が自分達の実働部隊を強化するためにダンジョン産装備を集めている。

 彼らは何か異常があったりしたダンジョンに乗り込むリスクが高い行為を行うために、特に装備を充実させているらしい。

 だが、彼らが適合者から買い取る場合は「良い評価が貰える」というメリットのためだけに良心的な値段での買取価格を提示される。

 そのためウチのような店で売った方がはるかに高額買取になることが多い。

 その協会が950万だと……


「やっぱり協会の方が―――」


「いやいや、お待ちください」


 ここでこの客を逃がすのは惜しい。

 協会の話が本当であれ、嘘であれ……他の買取店に持って行かれれば間違いなく1億は出す可能性が高い。

 何故ならオークションにかければ確実に1億以上の値はつくからだ。

 下手をすれば3億以上になってもおかしくはない。


「……では、こうしましょう。 買い取り額、1億!!」


「へぇ、1億」


 しかしそれでも相手の少女は余裕がある。

 そう思っていたら―――


「やっぱり買取は止めておきます」


「な、何故でしょう!?」


「それだと協会に恩ごと売った方が良いかなって」


「……うぬぬっ」


 まさか1億で断られるとは。

 しかしここで諦める訳にはいかない。


「1億と500…いや、1億2千万!!」


「よし、売った!」






■side:大宮 泉






「いや~1億2千万で売れたわ」


「お前、ずいぶんと高値を付けたな」


「いやいや、1億以上は確実にしそうなものを2千万程度の上乗せで売ってあげたのよ?感謝して欲しいぐらいだわ」


 基本的に買い取りは、結構買い叩かれる。

 そりゃそうだ。

 彼らだって転売することで、その差額で儲けを出して生活しているのだ。

 差額が大きくなるようにするのは当たり前だし、その差額だって手入れや保管など様々な経費だってかかる。

 それに彼らのような業者を挟むからこそ綺麗な取引が出来る訳であって、個人でやろうとすれば色々トラブルになることの方が多いだろう。

 特にオークションなどは、独自のコネでもなければ出品出来ない。

 そういう所は何もかも自由なアメリカより遅れている日本の悪い所だ。


 そんな訳で上手く装備を売り飛ばせた私は、電話をしながら上機嫌に語る。

 協会の話なんてのも、嘘だ。

 あそこなら500万ぐらいで売れと言って来るだろう。

 下手すりゃ『日本の平和のため』とかで寄付として無料で寄越せと言われる可能性だってある。


「それにあの指輪、あと1つあるし~? 私達には用がない指輪だし~?」


「まあお前にはもうアレよりも強い装備品持ってるからな。俺の金で買った奴が」


「いいじゃな~い。先行投資よ、先行投資。それにこんなに可愛い相棒にプレゼントが買えたんだからうれしいでしょ?」


「アホか、大損だわ」


「アホとは何よ、アホとは!」


 相変わらず、アイツは口が悪い。

 でも最近では、何だかんだで私のことを心配してくれているのがわかる。

 きっと新手のツンデレなのだろう。


「という訳で、肉でも買って焼肉でも食べましょうか」


「お前、人の予定を何だと―――」


「いいじゃない、どうせ家で1人でしょ?」


「……まあ、そうだけど」


「ならお肉買っていくから準備よろしくね~」


「お前勝手に―――」


 ピッ!


 電話を一方的に切る。

 こうすればアイツは諦めて準備を始めるでしょう。

 まったくツンデレめ。

 私がこうして構ってくれるのを素直にうれしいと言えば可愛げもあるのに。






 ちなみに指輪は、のちにオークションでアメリカの大手適合者企業に3億2千万で落札された。

 それを知った泉は『もう1つは、もっと高値で売りつけてやる』と意気込んでいた。






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