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【番外編】悪魔の子【???】03

番外編ですので、主人公以外に焦点を当てています。苦手な方はお避けください。



「あ、あっ、く?ろ?」

「えっ黒い髪...!?」


 目の前に現れた女は目をまんまるくして、口をぱくぱくとさせ、その開ききった瞳はファルマンと私を行ったり来たりして居た。

 じわりじわりと期待と興奮で体がむず痒くなってくる。


「えっまさか、貴方、もしかして」


「お、あ、おま、もしかして」


「みそ!」

「納豆!」



 やっぱり!やっぱりやっぱり!

 この女は、やっぱり同じ元日本人だった!

 この髪、この瞳の色は、元日本人の印だった!

 なんとも言えない高揚感に、思わず女の手を握り締めた。この国では無礼だったかと一瞬ハラハラしたが、女も特段気にすることはなく、キュッと優しく力が込められた。腹の奥がほかほかと温かくなって、妙にソワソワとする。


 それもほんの数秒で、ハッとして女の顔を見る。艶々とした髪質に、肌もざらざらしていない。自分の手を握る女の手は、しっとりとしていて、傷一つなかった。

 その上質な服装を見れば、この女の現状が「幸せ」だという事実が嫌でも伝わってくる。


 ジクジクと胸が締め付けられ、頭から氷水を被ったように、血の流れが下へ下へ、サラサラと足元へと流れていくのが分かる。


 思わず手に力が入り、握った手から、ミシリと音が鳴った。


 女が、痛みで唸ると同時に、廊下に均等に配置された見張り役の兵士達が数人駆け寄り、女に「大丈夫ですか」と口々に声をかけている。


 なんだ、これは。

 自分はこんな扱いは受けたことがない。

 努力してきた。

 言葉もクソほど苦手だったが、売り物にならないと殴られるので必死に覚えた。

 

 黒目黒髪の薄気味の悪い悪魔の子だと言われてきた私はなんだ?この色のせいで、奴隷にまで落とされて、何度も何度も売られては買われてきたこの身は、一体なんなんだ?

こいつは一体何者だというんだ?


「聖女様、大丈夫ですか?」


「せい、じょ?」


 兵士の1人がかけた言葉が、妙に頭にひっかかった。「聖女じゃない」と女が言っているが、どうにも収まらないほどに、目の前が、かぁっとなり、頭が燃えるように熱い。自分ではコントロールできない。どうにも腹が煮えたぎって仕方がない。


 何だこの国は。

 何なんだこの世界は。

 今まで私がされてきた事は、受けてきた仕打ちは、一体何だったんだ......?あんなにも高揚した気持ちがストンと地の底へ落ちていく。


 憎い

 憎くて仕方がない

 どうして

 

 どうして目の前の女と、自分はこんなにも差があるんだ?

 同じなのに、同じじゃない。

 同じなのに天と地ほどの差がある。


 苦しい

 辛い

 

 首にかかっているネックレス、その先端にくっついている小枝のような笛をぎゅうと掴んだ。


 全て壊してしまいたい。

 こんな理不尽な事ない。

 こんなに惨めな事はない。


 ぶわりと、自分の中にある魔力が膨れ上がるのを肌で感じた。


「な、グンジ、やめろそれは危険だ!」


「うるさい!これがなんだか知らないくせに」


 うるさい。何にも知らないくせに。

 危険?そんな事はわかっている。

 お前らにとって危険な事など、わかっているからやっている。

 危険でなければ、この場にいるわけもない。

 ネックレスを引っ張れば、いとも簡単に鎖はちぎれ、ぶら下がった二本の鎖がぶつかり合いカチカチと小さく音を鳴らす。


 今、目の前のこいつから全ての力を吸い取れば、それでもいいのではないか。自分の感情と、先生の言葉が頭の中でぶつかり合ってチカチカする。ああもう。何もかもがどうでもよくなってくる。


 一旦口に出してしまえば、もうどうにも止められない。


 ここに、魔力を込めれば。すう、と息を吸い込む。


「!」


 吹きつけようとした時、口に何かが、しゅるりと巻きつき私の口をしっかりと塞いだ。

 白く、美しい人間の手だった。


「おいおいおい。人間。遅い。私の方から来てしまったではないか?ああ、ティナ。久しいなぁ」


 

「ソナ王!」

「妖精王、貴方が、何故、ここに......」


 ファルマンが驚いて膝を折るのを見た後、ゆっくりと自分の口を塞ぐ手を窺い見る。

 そこには、艶やかで、なめらかな大きな手のひらがあった。白い粒子が複雑に輝き、人間のものとは思えない。

 片手で顔を覆い込んでしまうほどに大きなそれは、どんなに引っ掻き、外そうとしてもびくともしない。

 その手を掴もうとすれば、自分の手がずぶずぶと吸い込まれ、もう動かすことが叶わなくなる。


 それは今まで見たどんな恐ろしい魔物や魔族よりも恐ろしく、何が起こっているのか解らない恐怖でカタカタと体が震え上がる。

 これは、こいつは化け物だ。


「おお、おお、そう怯えるな。人間」


 妖精王と呼ばれた、男とも女とも取れないような美しい顔をクシャリと歪ませ、愉快そうに私を見下ろした。


「なるほどなるほど。この道具......そしてお前の腹の中。全て見えているぞ。可哀想な人間の子」


「んぐぐー! っー!」


 必死にもがけばもがくほど、化け物は楽しげに笑っていた。


 手に持っていたはずの笛が、ぽろりと化け物の腕から飛び出し、じっとりと笛を見てはケラケラと笑っている。数秒すると、手がパッと離され私は自由の身になった。

 

「返せっ!このっ化け物!!」

「ギャンギャンよく吠える。ほれ。返してやろう」


 ピンっと指で弾かれた笛が宙を舞い、床へ落ちた。はっとなり飛び出して、手の中に囲い込む。


「はっはは、これで、これでお前を消してやるからな...」


 震える体をどうにか叩き起こし、震える手で笛をなんとか口元へ運ぶ。

 これを、吹けば。

 魔力を込めれば、このバケモノは消えて、隣国から応援がくる。こいつを消せば、この国の守りだって消える。そうすれば、こいつらは一生奴隷だ!


「吹いてみればいい。これは私を消すものではないぞ」


「え...?」


「可哀想になぁ。それはただの起動スイッチだろうよ。魔力量が多い者にはピッタリの、自爆スイッチというやつだ」


「自爆...?」


 そんなわけがない。先生は、私に妖精を消せると言った。合図を送ると。息が、呼吸が難しい。


 彷徨う視線の先には、ニヤニヤと笑うバケモノの姿。顔の皮がドロリと溶けたかと思うと、姿形が随分と様変わりした。「ひっ」と声が漏れたが、ドロドロと溶けては子供のようになったり、巨大になったりと姿を変える化け物は楽しむかのようにそれを止めようとしない。

 大きく、廊下を埋めてしまうほど大きくなった化け物は、満足そうに座り込む、そして言った。


「腹の中に何か詰まっているなぁ。これは呪いか?その道具に詰め込んだ魔力が貴様の腹で一気に爆発か。趣味が悪い」


「は、はら、に?」


 震える手で腹をなぞれば、冷たい何かが這い回るような感覚に、ゾクリと背筋が震える。


「そうとも」


「嘘だ!!!そんな事、そんな事はない!先生は私を逃した!自由にすると言った!私を買って自由にしてくれたんだ...先生は......」


「ならば吹いてみればいい」


「っ!!」


「妖精王!何を言う!先日森で会った時はグンジを助けると言っていたじゃないか!」


「言った」


 チラリ、と私を見て、そしてファルマン、聖女と呼ばれていた女を見た。その瞳は冷たく、まるでどうでもいい、どちらでも構わないと言うような、そんな目だ。期待や希望や失望そんな物は何一つなく、ただ見下ろしている。


「気が変わったのだ」


「私を助ける?なんの、話だ......?」


「貴様の持つその道具がどうにも変だと、こやつが持ってきたのでな。教えてやったのだ。それは魔族のお得意の呪いの道具だと」


 呪い。呪いって...

 笛を持つ手がガタガタと震えて止まらない。

 あんなに大事に持っていたものが、恐ろしく見えて仕方がない。

 手の中に上手に収まらず、笛は床に転がってしまった。


「そんな、そんな...先生が私に言った事は嘘...?騙していたのか...?」


 膝に力が入らなくなり、その場に這いつくばるようにして床に転がる笛に手を伸ばす。

 ぼたぼたと流れ出た涙が頬を流れ、床にシミを作っていく。


「哀れな子供。ルーモフォレでその道具を使えとでも言われたのだろう?合っているだろうとも。そうすれば森は燃えるからなぁ。全ては焼ききれないだろうが、多少は私も難儀する。そこを突いて攻め入る作戦だったんだろうな」


 視界が涙でぼやけ、目の玉が焼けるように熱くなる。じゃあどうすればいい。先生を、国を裏切れない。でも、この化け物の方を信じてしまいたい自分もいる事が、物凄く不快でたまらない。


 そう思った時、腹の中でぎゅるるるる、と何かが動く音がした。


「えっ......?うぐっ」


 腹に激痛が走る。迫り上がる何かを吐き出して、呆然とした。

 

 床に飛び散ったのは、赤い何か。


「うっぐ、ゲホッゲホッ」


 床を真っ赤に染めているのは私の口から出た血だった。


 締め付けられるような苦しさが、全身を突き刺すような痛みが身体中に走る。

 

「ああ、貴様、呪いに裏切ったと思われているぞ」と、化け物の蔑むような声が耳に届いた。



 息ができない。朦朧とする意識の中で、必死に何かに手を伸ばした。掴んでいたのは、聖女と呼ばれた女の腕だった。その女は、自分が汚れる事も厭わずに、兵士達やファルマンの制止を振り切って駆け寄ってきたようだった。


 もうほとんど霞んでいる視界に、黒が見える。

 見慣れた、呪いの色。


「グンジ、グンジと言うのね。息をして、これを飲んで少しでもいいから。はやくっ」


 すん、と鼻につくミントの匂いが、口の中で血の味と混ざり合ってぐちゃぐちゃだ。


 うまく喉を通らず、何度も咳き込んだが、最後の一口を飲み切る頃には、不思議な事にあれほど激痛をもたらした捻り上げるような痛みは綺麗さっぱり無くなっていた。


「あ、あれ、なんで」


 はぁ、と安堵の息を漏らした女を見る。


「私の回復薬、少しだけよく効くみたいなんです」

 ホッとしたように微笑む女に、息が止まるような思いがした。焦点の合いはじめた視界が徐々にクリアになっていく。腹をさすれば、もう何かが体を這うような気配もない。ポカンとして彼女を見上げれば、キョトンとした表情が返ってくる。


「ははは。さすがティナ!すっかり呪いも溶け切った!まさに今世の私の聖女だ。」

「んな!ちがう!私の、妖精だ!」


げたげたと大笑いし、楽しそうな化け物とファルマンのむすっとした声が響くが、気にならないほどに、目の前の女から目が離せない。


 現金なやつだと、薄情なやつだと言われるだろう。そんな事も構わないほど、今、目の前の女性は偉大だった。


「せ、聖女」


「え?」


「聖女だった......貴女は私の聖女様だ...!」


 私を支えてくれていた手を取り、ぎゅうっと握り締める。自分にとって黒は辛く苦しい過去。悪魔の色、呪いの色、憎むべき、黒。


 そして、貴女の、聖女の色。


「聖女なんかじゃないけど......私は、貴方が無事で嬉しいわ」


 そっと抱きしめられた、聖女の温もりに、ようやく息ができた気がした。







 妖精の国を大きく揺るがす大事件になるはずだった亡命劇は、これ以て収束した。


 この時の様子は、のちに兵士達の噂話によってそれはそれは大きな話に膨れ上がり、やれファルマン様に恋敵ができた、2人目の黒髪が現れたなどとロマンスを多大に含んだお話が町に溢れかえり、新たな劇や絵本などが作られそれはそれは盛り上がった。





「うわぁぁ!グンジさんすごい!ティナさんと同じぐらい効力がありそうですよこれ!」


「う、いや、私のは、魔力回復薬だから」


「いいえ!凄まじい能力ですよグンジさん!貴方はここで働くべきです!」


「私もそう思いますよ、グンジさん」


「ほらほらほら!ティナさんも太鼓判です!ほらほらー!」


「ちょ、シェリーさん、やめ」


「え?グンジさんピュアです?可愛くないですか?」


「シェリーさん、ちょっと、それは...近づきすぎですよ」


「え?そうですか?」


「うわーーーー!やめろや!このやろぉ!近づくんじゃねぇ〜!はぁ、はぁ」


「......」


「グ、グンジさ......シェリーさん?」


「えー!可愛い!やんちゃな感じが!可愛い!」


「ひっうわった、たすけ、ティナ!」



 バタバタと追いかけ回すシェリーさんから逃げたグンジさんは、咄嗟に私の後ろに隠れる様に背中に飛びついた。


 その時、ガタンと扉が開く音と共に、ガタガタガタと何かが落ちる音が部屋に響いた。


「あ」


「え?」


「ひ」



「ティナは!私の妖精だって!言ってるじゃないですか!」


 凄まじいスピードでグンジさんを跳ね除けたファルマン様が、私をぎゅうぎゅうと抱きしめた。


 その様子を見ていたシェリーさんがそれはそれは喜んでいたのも、グンジさんが真っ赤になったり真っ青になったりしていたのも、誰の仕業か知れないがあっという間に広がったのであった。


 この騒動を聞いたジル第二王子が面白がって、あれやこれやとファルマン様を揶揄うのも、グンジさんがもう1人の女神として崇められるのもまた別のお話。





数ある小説の中から、この小説を読んでくださりありがとうございます。


これにて番外編終了です。

こんなお話を書いてみたいなぁと思っていて番外編に詰め込んでみました。ちゃんと形になってるかわかりませんが、お楽しみいただければと思います。


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