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13 別れのあいさつ

話がもうすこし加速できればな、と思ってます







「ジャンドール殿! 」



 お兄様が振り向くのと同時に、大きな体で隠されていた視界が開け、駆け寄ってくるファルマン様が目に入る。


 いつもの涼しげで煌びやかな姿はそこには無く、砂と泥に塗れて頭の先から爪先までしっかり茶色くなっていた。

 見慣れないその姿に驚く。


 私と出会う時はいつでも綺麗な銀髪を靡かせ、埃ひとつない姿だったのだから。


 「ティナ嬢! 」


 目があった瞬間に、ファルマン様の顔色がパッと艶やかに輝いた。

 無表情だったと言うのに、あっという間にポカポカとした温かな笑顔へと豹変したのだ。

 私も厳禁なもので、気分が少しばかり浮き足立つ。


 心なしか駆け寄る速度も上がり、あっという間に目の前にやってきた。


「こんなところで会えるとは。会いたいと思っていたのです。この後お時間は...」


「.......ファルマン殿」


 ん゛ん゛、と咳払いをしたと思えば、不機嫌そうにジャンドールお兄様が一歩前に出る。


「あ、ああ。すみません、私としたことが。つい嬉しくて...。」

 ふふ、とファルマン様が微笑んだ。

 先ほどの緊迫した空気はどこへやら。


 サーベルを構え、殺気立つ空気の中に居たとは思えないほど、にこやかである。

 頬を染めて、済まなさそうにする仕草に、一瞬お兄様はポカンとするも、怪訝そうに顔を歪めていた。


 苦虫を噛み潰したような顔とはまさにこの事だろう。もしくは不味い薬でも飲んだような、そんな表情だ。不機嫌、とも言う。

 いつでも明るくひょうきん者なイメージで、こんなに不快感の表れる兄はあまり見たことがない。


 実は外では「怖い人」なのだろうか。



「おや......? 回復薬を預かり受けたのですが。流石ですね、無傷でしたか」


「いや、あー」と少し言い淀み、先ほど私が渡した回復薬が入っていたボトルを服の隙間に差し込むと、なにかを悩むように「…...いや…...、すまない。持ってきてくれたのだな。ご配慮痛み入る。ありがたくいただくとしよう」と回復薬を一本受け取った。


 お兄様がボトルを受け取ると同時に、パシリとファルマン様の腕ごと掴んだ。

 ぐいと思い切り引っ張ったのか、2人の距離がグッと近づく。


「ファルマン殿…...先ほどの話、よもや忘れたわけではあるまいな。しっかりと胸に刻んで貰わんと.…..


度が過ぎると私は貴様を殺すぞ」


「お、お兄様っ! 」


 あまりの穏やかではない会話に、つい兄をひっぱり引き剥がす。


 私が引っ張ったくらいではびくともしないのは承知の上だが、不穏な言葉を聞いては動かないわけにはいかなかった。


 先程は歓声や、席からの遠さで話は聞こえなかったが、成程。とてもじゃないが穏やかな会話ではなかったらしい。


「ジャンドール殿、先ほどのご忠告、私にはとんと見当がつきません......私は彼女を、ティナ嬢に不誠実を働いた覚えはございません。知らず知らずに何か不愉快な思いをさせてしまっただろうか......? 何か、何か勘違いがあるのでは」


「勘違い......? 」

 はぁ? と不機嫌そうに、顔を歪めるお兄様は、さらに力を強めたようで、ファルマン様から「うっ」と苦しそうな声が漏れる。


 ミシリ、と軋む音が鳴った。

 それはどちらの手なのか、それともその手の中に収まっている回復薬のボトルなのか。



「では噂はどうなる。何もなければ流れる話もないだろう。随分と酷い噂だったがそれはどうなる? 」


「噂?」


「妖精贔屓のファルマン殿がようやく思い人の妖精を見つけたと言う噂だ。随分と多くの場所で耳にするが、まぁこれは本当かどうかは興味がない。問題はだ、何故、ティナに近寄る? それが問題だ。そこだけが癪に障る。そこが気に食わん。遊びなら別のところでやればいい」



 うわさ。

 急に耳が遠くなるような感覚。お兄様の言葉が頭にこだまし、ズシリと重くのしかかる。目の前の光景がぐんと遠くなった。


 友人として応援する。それができたら今の近い距離感も全て元に戻ってほしい。私は少し距離をとろう。距離をとってほしい。そうお願いするために私は来たのだ。

 自分を軽くするために考えたのに、ぐるりと駆け巡るこの思いが、随分と自分で自分を傷つけていく。何故だろう。

 何故自分勝手にきずついているんだろう。

 


「な、なにをしてるんです!」


 突然響いた戸惑った声に、ハッと我に返った。



 お兄様が、ついに額がくっつくほどファルマン様に近づいたと思うと、ゴチンゴチンと頭に打ち付け始めたところで、ジャンドールお兄様のあまりの剣幕にこれは只事ではないのでは、と様子を見ていた見回りの兵士達がバタバタと駆けつけてきた。


 戸惑った声をあげたのは、青ざめた兵士達だった。3人がかりで、必死で2人を引き離しにかかっている。


「なにをする」

「あああ、あわわわ、あんたが何してるんですか! なにファルマン様に絡んでんだ、あっ、絡んでんですか〜! 学生に稽古つける時間をとっていたでしょうが! あんたが勝手にファルマン様に突っ込んで行ったせいで待たされているんですから!」

「あ」

「もー! 仮にも騎士なら女性の前で喧嘩もダメでしょうが」

「しかし」

「ききません!」

「む」


 ついに引き離されたお兄様は、追加でやってきた兵士たちにバタバタと神輿のように担がれあっという間に連れて行かれてしまった。

 話を少し拝借すると、どうも学生などのギャラリーが多かったのはそう言うことかと合点がいった。

 

「お、お兄様」

 あなたと言う人は何をやっているんだと気恥ずかしい気持ちになるが、ひとまず、争いごとが回避されたのは喜ばしい事だった。


「......失礼した。しかしいったい何が......? 」


「きっとお兄様は噂を聞いたのです」


「噂......先ほどのジャンドール殿が言っていた妖精の」


「そうです。ファルマン様が思い人を見つけたと。そう噂になっているようです」


「ああ、なるほど」


 ツキン、と胸にひとつき。

 痛みが走る。

 これは肯定されたと言う事だ。

 これで私に向けられた笑顔は他の人のものになる。私のものではないのに、うっかり自惚れてしまう。そしてその噂が本当だとしても、私が傷つくのはお門違いも良いところだ。


 お兄様が怒っていたのも見当違いだ。

 友人なのだ。

 優しくするのも友人だから。そんなことはわかっている。

 それに勘違いをしそうになって、勝手に傷ついているのは私だ。


「ファルマン様」


 早く口に出してしまえば、きっと楽だ。


 深呼吸をして、決意を込めて、口から吐き出した。


「お探しになっていた方が見つかったと聞きました。おめでとうございます......それだけ伝えたくて......お幸せになってくださいね」



「はっ、なに、を、それは、まるで別れの挨拶じゃないか」


 戸惑う声が聞こえるが、顔を見ることはしなかった。


 思いの丈を全て吐き出した。

 これでスッキリする。

 

 探していた妖精を見つけるまでの期間限定のお友達もおしまい。それでいい。そうじゃないと息が詰まる。


 正直ほっとした。

 こんなに美しい人が突然現れて、優しくされたら。これ以上続けばきっと辛くなる。


 このためにわざわざここまでやって来たのだ。


 それでは、と身を返し、ファルマン様に背を向ける。



「まて、待って! 待ってくれティナ嬢! 」


 まるでデジャブだ。


 腕が強い力で引っ張られる。


 振り向きたくはなかったのに、あまりにも強い力で引っ張るものだから、グルリと体が傾き、どうしても向き合う形になってしまう。



 ただパーティーの時と違うのは、必死に待ってほしいと懇願する、焦燥感漂う顔。そこにはあの時のように華やぐ笑顔はひとつも見当たらなかった。


「ああ、違う、違うんだ。私は確かに妖精を見つけたが、それは」


「だったら、何故私を引き留めるんです?もう見つかったならいいでしょう。私を友人としてそばに置かなくたっていい。そうでしょう? 」


「っそうじゃない!私はっ」


「私は妖精がこの世に存在しているのを知っています。馬鹿にはしません。どうかお幸せに......」


「違う! 違うんだ! 私は君が、君が好きなんだ...! 」


 絞り出すような声が微かに震えている。


「どうしてそう離れようとする...? ようやく君を見つけたのに...私から好かれるのは嫌か? 手紙は不快だったか?花も嫌ならやめる。どうすればいい?私は君から離れたくない」


「えっえぇ...? 」


 混乱して、つい裏返った声が漏れ出た。


 私が?

 好き?



「ああ、そうか。こんなんじゃ良くなかった。意気地がなかった。友人だなんて言って、ジル王子に言われるまま、プロポーズに使われる花を送って、それだけでは伝わるはずなんてないんだ」


 そっと、掴まれた腕にファルマン様の両の手が添えられる。流れるような動作で、するりとそこに跪いて、愛おしそうに、まるで宝物に触れるように私の手を包み込む。

 

 かぁっ、と顔に熱が集まる。


 その姿はまるで絵本に出てくる王子様のようで。


「ずっと、ずっとあなたを探していた。あなたこそが私の妖精。どうしてもあなたとの繋がりが欲しくて、妖精に似ているだなんて戯言を。それに友人だなんて...貴女以外が私の妖精であるはずがない」



「私は人間です!そんな、妖精だなんて」



「昔、10年前、森の中で迷子になったことは......?」


「それは、」


 ある。しかしそれは誰にも言っていない秘め事だ。なんと言ってもあのルーモフォレでの出来事だ。何故、それを


「やはり、そうだ。あれはあなただった。私はずっと貴女を探していたんです。私に生きる希望とチャンスをくれた。それはやはり貴女だった」


「でも、私は妖精でもなんでもないんです! なんの力もない、ただの人間で、ベルモンド家の恥晒しで、黒髪の、ただの醜い、ただの人間ですっ」


「そんなものは関係ない」


 キッパリと言い放つと、掴んで離さなかった手にそっと口づけを落とした。


「私は貴女がいい。貴女が欲しくてたまらなかった...一目見た時から貴女だけがよかった......どうか、私にご慈悲をくださいませんか?私に一度でいい。やり直すチャンスを」


 すす、と撫で付ける手が上へ上へ上がり、まるで酔ったようにうっとりとした表情で私の腕に縋り付く様は、美しく、こちらまでこの空気に酔ってしまいそうだった。クラクラとする。


「わか、はなして、」


 すり、と動かす手も、手のひらをかする唇も、全てがくすぐったい。

 身を捩り逃げようとするも、強い力でそれを許さない。


「どうか、私の恋を受け止めてはいただけないでしょうか?」


 ポロリ、と涙がひとつこぼれ落ちた。


 羞恥と、嬉しさと、熱に浮かされ、ポロポロと頬をつたっていく。


「わたし、こんな、ですけど」

「ええ。私の妖精です」

「こんな、年増で」

「美しい女性です」


 いつのまにか、ツキツキ、ずきずきと痛んだ胸は、嬉しさでキュッと締め付けられ苦しい。


 「私、私も貴方の事、お慕いしております」


 絞り出したのは月並みな、彩も何もない言葉だった。

 ひどく平凡な、凡庸な私にお似合いの言葉。


 それを聞くやいなや、幸せそうにとろけた顔がぐんと近づき、ぎゅっと抱きしめられる。

 その体は火が出るほどに熱かった。


 




「ファルマン団長の妖精姫、本当にいたのか...!」


 ポカンとその様子を覗き見ていた騎士の1人が目をまん丸にさせつぶやいた言葉に、偶然見ていた兵士達も同じ事を思っていたとは誰も知らない。


◆◆





 ありえないありえないありえない



 あの魔女


 あの魔女


 あの魔女






 長い廊下に均等に立ち並ぶ大きな柱の影に重なるように、ハニーカスタードの髪が揺れた。





数ある小説の中から、この小説を読んでくださりありがとうございます。


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