第九話 たった一つのお願い
マンションのベランダに置かれたプランターで、ママさんが育てていたチューリップが咲いた。
開いた蕾から出てきたのは、ツヤツヤとした赤色。5本もある。
「かわいい」
のんびり屋のユキが前足でツンツンしながら言い、ぼくは去年の夏にヒマワリを見に行った話をした。
大きさは全然違うけど、ゆらゆらと風に揺れる動きが似ていると思った。
「今年はユキも一緒に行けるといいな」
「うん」
ぼくたちはしばらくチューリップを眺めたり、その揺れを真似っこしたりした。
◇◇◇
ユキは昔、長田家の本家の近所で飼われている白ネコだった。
人間が好きで、ネコ以外の動物たちとも仲が良くて、穏やかな性格をしていた。だからぼくとも気が合ったんだと思う。
そんなユキは田舎の小さな神社に毎日お参りをしていたらしい。
「神さまにお願いしてた。『ナオとずっと居られますように』って」
ユキと再会した時にその話を聞いて、ぼくはビックリした。
だってユキが何かを欲しがったりするところなんて、一度も見た覚えがなかったんだ。
あれが美味しかったとか、あの景色がキレイで好きだとか、いつもそんな話をするネコだった。
すると、ユキはくすくすと笑った。
「『他のことはお願いしません』って、神さまに約束してたから」
「『願掛け』ってこと?」
「そう」
ユキは本当に誰にでも優しいネコだった。
だから、そのたった一つのお願いを土地神さまが聞いてくれて、生まれ変わることが出来たらしい。
「すごく時間がかかっちゃったけど、これからはずっと一緒」
待たせてごめん、の呟きに目の奥がつんとした。
その響きに、ユキもぼくと同じ時間を生きるネコになったんだと分かったから。
「夢じゃないんだね」
返事の代わりにユキはペロペロとぼくの顔を舐めた。まるで、零れてもいない涙を拭うみたいに。
◇◇◇
日を追うごとに空気は温かさと柔らかさを増している。
そのことをチューリップが全身で教えてくれている気がした。
「こうしてナオと過ごせるのも、神さまのおかげだね」
「感謝しなくちゃ」
すると、ユキが「じゃあ、今度そこの神社に行こう」とぼくを誘った。
あれ、でも違う神さまだよね? 首を傾げたら、神さまはみんな知り合い同士なんだと教えてくれた。
「近所に住んでるネコと一緒。神さまも集会するんだよ」
「そっか」
じゃあ行こう。
行って、「ありがとう」をたくさん伝えなくちゃね。




