21話 ぐるりお家の内情
アベルはジャケットの内側から、封筒と便箋、小さなインク瓶と羽根ペンを取り出した。
机の上でサラサラと手紙を書き、封筒に宛先を書く。宛先はオットーメルナスだ。
書き終わったあと、封筒は高く飛び上がってひらりとその場から消える。ハイドロイドが初対面の時にやっていたのと同じものだ。
「これ、ハイドロイド様がやってるの見たよ」
「飛行紙と暗号インクです。今は万年筆が主流ですが、急ぎの連絡を飛ばす時はこれを使うんです」
イザークの先程の秘密を急いで知らせたらしい。
魔法の世界らしいグッズで、わくわくした。
「飛ぶ紙と、読まれても分からなくなるインクなの?」
「作るのは魔道具士で、僕は買っただけなんですけどね。名前には魔力が宿っていますから、宛名目掛けて飛んでいく紙と、万が一盗み読みされない為の宛先者以外は読めない暗号になるインクです」
イザークは勉強机にしては装飾華美な机に近づいた。
確かに万年筆が置いてある。
「普段も羽根ペンじゃなくて良かった。万年筆なら何とかなりそう」
「大店の商会なんかでは、暗号インク入りの万年筆を使ってるそうです」
控えめなノックがして、アベルがドアを開けると細身の蝶ネクタイのようなタイをした男が顔をだして、イザークに一礼するとダリルが呼んでいると伝言を伝えて去った。
「従僕に伝言させて呼びつけるとは、アイツはもう」
「夕飯の支度を手伝いたいって思ってたから丁度いいよ。昨日も見たけど、あのネクタイってなんて名前?」
「従僕のネクタイですか?ストレートエンドと言います」
あっという顔をして、アベルはイザークを座らせる。
「従僕や侍従の説明がまだでしたね。ざっとはダリルが説明してますが、あれは昇給の話メインでしたし」
「私――俺の知識がイギリス中心の歴史ドラマとかだから、合ってるのかちょっと心配で。使用人の中で一番多いのが男は従僕で女はメイド、あとは侍従と侍女なんだよね?」
短い期間だが、アベルとは気があってる――と思いたい――上に、今後もイザークと一緒なら無理に背伸びすることもないはず。
ハイドロイドたちの前では「私」でも、アベルやダリルの前なら素のままでいよう。
「まず見分け方から。従僕は商家だと下男ですね。ストレートエンドのネクタイに黒に近いグレーのシャツ。この世界は身分の高い方ほど髪の色素が薄くなることから、使用人は身分が下がるほど色の濃いものになります。侍従は僕の見た目通り、明るいグレーシャツにループタイ、ベストとジャケットは黒なのは従僕と同じです。地位の高い方ほど、ネクタイは長く、太くなるかヒラヒラしているかになります。商家では番頭……フエギスでは秘書と呼ばれるのが侍従ですね」
「わかりやすい!ベイツは白いベストだったよね」
「はい、執事だけが白ベストに細いネクタイ、黒のジャケットになります。簡単に言うと、使用人を取り仕切ってご家族全体のお食事やパーティーや、掃除を含めて家の中の指揮監督するのが執事。御家族個々に専属になって、担当する御家族の身の回りや買い物、お洋服、御要望やおやつの支度、洗濯をするのが侍従のお仕事です。個の仕事をする侍従と、家全体の仕事を見守る執事と、その手足になるのがメイドと従僕ですね」
「ありがとう、アベル。分かったと思う」
イザークの知識では、侍従は従者と称されるのが多かった気がしたが、概ねの役割分担はこれで分かったし見分けも付いた。
アベルが、ぽんと手を叩く。
「イザーク様、今閃きましたよ!例のすまほのレシピのやつ、ダリルにやらせましょう!あいつに書きとって貰えばいいんです」
「そんなことシェフにさせていいのかなぁ……」
「自動翻訳能力がある使用人なんてあいつだけです。あいつに押し付けないと、旦那様が内職しかねません」
「俺がやればいいことだけど……」
アベルはチラと腕時計を見たあと、ふわふわしたくせ毛を揺らす。
「だ・め・で・す!イザーク様の仕事はなんだと思いますか?」
「転移者の仕事?」
「不正解ですっ。イザーク様のお仕事は、健やかにお過ごしすること、つまりゆっくりたくさん寝て、ついでに魔力をあげることが最優先です。旦那様から聞きましたよー、ちゃんとそう言ったって」
確かに、オットーメルナスからはそう言われた。ゆっくりのんびりすること。だが、イザークにはそうした習慣はすぐに身につけようもない。
グズグズしていると叱られる、その環境が根っこに染み付いているのだから。




