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ランドセルを背負ったうみがめさん  作者: つちのこうや
文化祭準備編
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文化祭準備編最終話


 帰り。いつものように僕は美雨と二人自転車で帰っていた。


「最近、楽しくなったな、ほんと」


 一際今日はよく見える星空へ向かって、僕は言った。


「うん。家での作業も最近すごいはかどっちゃうしね」


 美雨の声が横からちょうどいい強さの風とともに聞こえた。


「そっか。僕は家は色々大変なんだよな……」


「またお母さん?」


「そう。まあ僕は何があってもやるけど」


「まあ、やっぱ、ぬいぐるみを極めるって言っても、あんまり応援されないのかもね……」


「まあね、僕の親、結果主義みたいなところあるから。去年一個しか売れてないし……りすやまねは僕のぬいぐるみを大切にしてくれているみたいだけど」


「……」


 僕はちらりと美雨を見た。自転車を漕いでいる美雨はいつも通りなはずだ。

 だけどこの時、なぜか美雨を改めて可愛いと思って、僕はどきどきした。



 信号が赤だったので僕たちは止まった。二人の距離が近くなる。


「私が、演劇部を辞めた時に、優がくれたぬいぐるみ」


「……ああ、あのうみがめのぬいぐるみか」


 美雨が演劇部をやめて、早々と私服で自習室に通う日々を過ごしていた時。僕のうみがめのぬいぐるみが、完成した。

 僕はただ自分の技術を上げるために、それを作っていたのであって、誰かにあげることは考えていなかった。

 だけど、毎日黙々と、勉強するマシンのように、自分の中でぐるぐる回っている何かを振り払うように、そしてずっと悲しそうに机に座っている美雨を僕は見てきた。


 そして。僕は、自分にできる唯一のことをしようと思い、美雨にうみがめのぬいぐるみを渡した。美雨は、受け取ってくれはしたが、ほぼ無反応だった。

 だから、あれから四年経った今。美雨がその話をしてきたことが、意外だった。


 さらに、


「ほら、鞄にいつも、入れてるんだよ」


 美雨は鞄からうみがめのぬいぐるみを取り出した。今作っているぬいぐるみより、下手だ。


「ねえ、優」


 美雨は僕を見ていた。そして、ぬいぐるみを抱きしめる力を強くする。


「私にとって、ずっと、初めから、優のぬいぐるみ、大切だよ」


「美雨……ありがとう」


 あまり建物も多くない小さな交差点は暗かった。それでも街灯が美雨を照らしていて、ぬいぐるみを抱いている美雨は、やっぱり可愛い女の子だった。



「文化祭、頑張ろうな」


 何回か青信号を逃した後、僕は再び漕ぎ出した。


「うん! がんばろ」


 美雨も一緒に進む。



 僕はずっとぬいぐるみに力を注いできた。しかし、ぬいぐるみを極めていると言うには程遠く、まだきっと実力不足だ。


 それでも、ぬいぐるみを作り続ければ、ぬいぐるみ劇をやり続ければ、笑顔になってくれる人、大切にしてくれる人、一緒に進んでくれる人がいた。だから、僕はそんなみんなに感謝して、努力をするんだ。


 とある高校の文化祭の、小さな部活の出し物だって、きっと、人の心を動かすことができる。


 これからハプニングがあるかもしれない、文化祭前か、後か、さらに先かわからないけど、挫折だってたくさんするだろう。


 だけど。


 綿だけじゃなくて、作った人の想い、持ち主の思い出、そしてあらゆる可能性が詰まったぬいぐるみが、僕は好きで好きで、たまらない。








お読みいただきありがとうございます。


文化祭準備編が終わりということで、(まだ解決されていない謎というほどではないものもありますが)一旦ここで話がひと段落します。


文化祭編もお読みいただけたら幸いです。


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