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石畳を歩くアイルの隣で、ソフィアという少女は街について説明した。
「この道を真っ直ぐ進んだ先に広場があり、そこから東に向かうと労働斡旋所があります。いつも日雇いの仕事がたくさん募集されていますから、今から行っても何か見つかるはずです」
「なるほど。じゃあそこで今日の宿代を稼がなきゃね」
「はい、応援しています」
ソフィアはあくまで道案内のためにアイルと一緒にいるだけなので、仕事はアイルが一人でやるしかない。そんなことはアイルも承知の上だが、その間、ソフィアが何をして待っているのかは気になった。
「ソフィアはいつもこういう仕事をしているの?」
「こういう仕事……ですか?」
「うん。街に来た人たちを案内するような、ガイドさんの仕事」
素朴な疑問を伝えたつもりだった。
しかし、ソフィアは何故か目をまん丸にして驚き、それから――。
「ふふっ」
なんだか、とても愉快そうに笑った。
「いえ、普段は別の仕事をしています。ですから今日は特別な日なんです」
「じゃあお揃いだね。今日は僕にとっても特別な一日だ」
少しずつ、王都に到着したという実感が湧いてくる。
王都ラテイル。ローレンス王国最大の都市であるここは、総人口も最大で、街道の左右には見たことない数の露店が並んでいた。祭りではなくこれがいつもの光景なのだろう。賑やかな街並みを見ているだけでアイルの気分は盛り上がった。
労働斡旋所には疎らに人がいた。掲示板に張り出されている仕事を見ていると、短期のものから長期のものまで様々ある。アイルは今すぐに受けられそうな仕事を見つけ、カウンターの向こうにいる受付に受注する旨を伝えた。
その後、斡旋所の入り口で待っているソフィアと合流する。
「お待たせ。無事、仕事を受けられたよ」
「それは何よりです。どのようなお仕事を受けたのですか?」
「船の荷揚げ。肉体労働だね」
出会った時からずっと、まるで仮面のように貼り付けられていたソフィアの笑みが、一瞬だけ崩れそうになった。
「それは少し、大変そうなお仕事ですが……ご経験があるのでしょうか?」
「ううん、ないよ。だからこそ受けてみたんだ」
当たり前のようにアイルは言う。
その言葉の真意を、ソフィアは遅れて気づいた。
「そうでしたね。アイル様は、色んな経験をするために王都へやって来たんでしたね」
「うん。もしかしたら、これが僕の天職かもしれないし」
人生どうなるかなんて、誰にも分からないのだ。
それに肉体労働は慣れている。これでも農家の息子だ。アイルには、この仕事ができるという自信があった。
「では、アイル様。お仕事に向かわれる前に、推薦状だけ預かっておきます」
「推薦状を? いいけど、どうして……」
「大切なものだと思いますから。他にも貴重品があれば私が預かりますよ」
推薦状というより、万一のことを考えて貴重品を預かってくれるらしい。
アイルは懐から推薦状を取り出す。
「じゃあ、推薦状だけ渡しておこうかな」
「確かに預かりました。……仕事が終わりましたら広場で集合しましょう。頑張ってくださいね」
「ありがとう。行ってくるよ」
数年後、もしかしたら自分は船の乗組員になっているかもしれない。
そんな未来を想像しながら、アイルは本日の職場に向かった。
◆
「ひえ~」
無理だ。そう確信するまで、あまり時間は要さなかった。
日雇いなので責任重大な仕事はまず任されない。アイルは港に到着してからひたすら重たい荷物を運んでいた。船に積まれた荷物を陸に移動させる。これを延々と繰り返す。単純作業は苦手ではないが、想像以上に筋肉と体力が求められる仕事だ。
(これは駄目だ……楽しいけど、足を引っ張っちゃうのが申し訳ない)
船に乗ったことがなかったので、初めて甲板を歩いた時は新鮮な気分に浸れて楽しかったが、今は作業が遅れていることによる罪悪感の方が大きい。
家の農業で鍛えたはずの肉体は、全くと言っていいほど役に立たなかった。
日雇いでこの仕事を受けたのはアイルだけのようだ。他に荷物の積み降ろしをしている者は、皆、筋骨隆々のむさ苦しい男ばかりである。ソフィアが一瞬だけ顔を顰めた理由がよく分かった。多分、この仕事は重労働で不人気なのだ。
「アイル、休憩だ」
木箱を船に積んだところで、船長に声をかけられる。
「でも、船長さん。まだ荷物が……」
「お前さんが遅いから他の奴がやったよ。根性は買ってやるから、そろそろ休みな。炎天下の仕事を舐めてるとぶっ倒れるぞ」
船長は見た目も口調も荒々しいが、優しい人だった。
申し訳ないと思いながら、アイルは素直に休憩させてもらうことにする。
船の乗組員たちは、集まって談笑しながら休んでいた。
彼らの輪に入るべきか悩んでいたアイルは、その時、まだ休まずに荷物を運んでいる作業員がいることに気づいた。
「ちっ」
荷物を背負った作業員の大男が、アイルを見て舌打ちする。
「日雇いのガキが、足引っ張ってんじゃねぇよ」
男の発言は、アイルの胸に深々と突き刺さった。
見るからにショックを受けているアイルを見て、船長は複雑な面持ちをする。
「悪く思わないでやってくれ、あいつも必死でな」
「……何か事情があるんですか?」
「妹の病気を治すために、高い治療費が必要なんだと。だから今も休まず働いて稼ごうとしている。……だが今回は荷物が多すぎて、あいつにばかり任せていたら出航が遅れちまうからな。それで日雇いを募集したんだ」
日雇いを募集するのも金がかかる。
あの作業員の男は、つまりこう言いたいのだろう。――俺が二人分の仕事をするからお前は帰れと。
「僕は、あの人の仕事を奪ってしまったということですね」
「お前を雇ったのは俺なんだから、奪ったのは俺さ。あいつもそのくらい分かっているが、上司の俺には逆らえねぇから仕方なくお前に八つ当たりしてるんだ。本当のガキはあいつの方さ」
船長は溜息を吐いた。
だがその表情に怒りや呆れは見えない。船長の瞳の奥には、目を背けたくなるような諦念が宿っていた。
「船長さんは……」
「ん?」
湿った潮風が吹き抜ける。
「船長さんは、あの人を助けたいですか?」
妙な質問だな。……船長はそう思った。
だが笑い飛ばせない何かがあった。アイルの顔は極めて真剣で、冗談を語る空気ではない。
この問いには、真面目に答えなければならない。
何故か船長はそう感じた。
「……そりゃあな、仕事で毎日顔を突き合わせている仲だ。情も湧く」
船長は静かに語り出す。
「だがな、俺たちは馬鹿で、粗暴で、大人になるまでテキトーに生きちまったからよ。そのツケで、こんな疲れる上に実入りが悪い仕事をしてんのさ。俺もあいつも同じ穴の狢ってやつだ。助けてぇけど、俺にだって余裕はねぇ」
そう言って、船長は船の方へ歩き出した。
「お前さん、次からはもっと治安のいい仕事を選びな。見たところ世間知らずだから、そのうち悪い大人に騙されるぜ」
アイルは、船長の背中を黙って見つめた。




