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降り注ぐ豪雨は、荒れ狂う風に運ばれて校舎の中にも入り込み、火のほとんどを消し去ってみせた。
屋上のドアを開けて校舎に戻ったアイルは一息つく。その隣では、エリーゼが半ば放心した様子でアイルをまじまじと見つめていた。
「アイル……貴方は、一体…………」
先程まで、夜空には雨雲一つなかったことをエリーゼは知っていた。
だからこの雨は有り得ない。決して自然の産物ではない。
有り得るとしたら、きっとそれは正真正銘の神の御業である。
エリーゼはアイルを見つめながら思い出していた。この少年が、柔らかい光の粒子を纏っていたことを。まるで聖女のように……。
「エリーゼ、あの鳥に会いに行こう!」
アイルが元気よく告げた。
切り替えの早さにエリーゼは目を丸くするが、やがて視線を足元に落とす。
「でも、ピースケはもう…………」
あの鳥、ピースケっていうんだ……。
反射的に出た感想を、アイルは胸の内に仕舞う。
「大丈夫だよ。リリスが見てくれているから」
「……聖女様が?」
それはどういう意味だろうか。
真意を訊こうとしたその時、二人は階段の下から足音が迫っていることに気づいた。
「アイルさん、エリーゼさん」
二人に声をかけたのは、司教のラウレだった。
「話があります。ついて来てください」
ラウレの真剣な眼差しに射貫かれ、アイルは弱る。
冷静さを取り戻した今のエリーゼは、罪の意識も正常に感じているだろう。火災の原因は自分であると躊躇なく告白するはずだ。しかしそうなればエリーゼは長い間、拘束されるかもしれない。
ほんの少しだけ猶予が欲しい。
エリーゼはこの僅かな期間で、小鳥を失ったと思い、信心も壊されたのだ。
だから、今だけは、エリーゼには自分の心を優先してほしい。
「エリーゼ!」
アイルはラウレの前に立ち塞がり、言った。
「ここは僕に任せるんだ!」
「は?」
いきなり前に立たれたエリーゼは困惑する。
しかしアイルは、振り返って力強く声をかけた。
「ピースケと会いたいなら、早く行くんだ!!」
アイルの叫びが、エリーゼの心を揺さぶる。
自分でもよく分からないまま、エリーゼは走り出した。
◆
廊下を走る足音が、次第に強くなっていく。
最初はアイルの勢いに流されるように走り出してしまったが、いつしかエリーゼは自らの意思で走っていた。呼吸が荒れ、肺が痛みを訴えても走り続ける。
会いたい。
いつも傍にいてくれた、あの夕焼け色の小鳥に――会いたい。
講堂に向かい、聖女を探したが見つからなかった。
土砂降りのグラウンドの中を探しても見つからなかった。
あの銀髪に美貌だ、視界が悪くても見落とすことはない。次は学生寮の方を探そうと思い、再び廊下を走り出したエリーゼは、中庭を挟んだ向かいの廊下に聖女の姿を見つけた。
すぐに中庭を迂回して、聖女がいた場所へ向かう。
そこは保健室だった。
ドアを開くと、中にいた養護教諭が振り返る。
「あの、こちらに聖女様は……」
「先程出て行かれましたよ」
すれ違いになってしまったようだ。
落ち込むエリーゼは、その時、保健室の机の上を見た。
「あ…………」
机の上に、一羽の小鳥がいた。
夕焼け色の羽を伸ばし、のんびり眠っている鳥が……。
「神学科の女子生徒に、この鳥を渡すよう言伝を預かっていました。貴女がこの鳥の飼い主ですね?」
養護教諭が優しく微笑みながら尋ねる。
エリーゼは緊張した面持ちで机に近づき、眠る小鳥を両手でゆっくり抱え上げた。鳥は傷だらけだが、丁寧に手当てされている。
死んでいなかったのだ。
生きていて……でも瀕死だったから、聖女が治してくれた。
小鳥の身体は、微かに光の粒子を帯びている。
「…………違います」
エリーゼは涙を零しながら否定する。
涙が小鳥の羽に落ちた。眠っていた小鳥が、エリーゼの掌の中で身体を起こす。
小鳥は円らな瞳でエリーゼを見た後、幸せそうに彼女の掌に頭を擦り付ける。
「この子は……私の、家族です…………っ」




