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デミゴッドの導き ~少年は神学校で成り上がる~  作者: サケ/坂石遊作
2章 神学科の生徒たち

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 課外授業が始まって、二時間が経過した。


「……見つからねぇな」


 レクスが呟く。

 この二時間で合格者は七人まで増えていた。道に迷った観光客、落とし物をしてそのまま気づかず歩いて行った青年、友達と走り回っている途中で転けてしまった少女、体調が悪くてベンチにずっと座っていた主婦。助けた人は様々だ。


「俺、今、困っている人がいたらいいのにって思っちゃったよ……」


「そう思っても仕方ないくらい時間経ってるわよ。日が暮れるまでもう時間がないわ」


 残る十三人たちは焦りのあまり、険しい顔つきになることもあった。そんな顔をしていたら人が近寄りにくい。本人たちも自覚しているため、気づき次第、眉間の皺を揉みほぐしている。


「こうして見るとさ……」


 レクスがアイルの方を見て言う。


「合格してる奴って、いかにも優しそうって感じのツラだよな」


 合格者の中にはアイルの他にウーヴェもいた。その他の五人もレクスの言う通り、どちらかと言えば人当たりのよさそうな雰囲気がある生徒たちである。 


「レクスは目つきが怖いよ」


「うるせぇ、俺の目つきは処世術だ。背が小せぇと舐めてくる奴が多いんだよ」


 と言いつつも、このままでは駄目だと思っているのか、レクスは複雑そうに口を閉ざした。

 しかし今回の課題で、最大の障壁となっているのはレクスではない。


(……リリス、大丈夫かな)


 アイルはさり気なく聖女リリスの様子を窺った。他の生徒たちも同じようにリリスに視線を送っている。


 聖女という立場は学外にも広まっているらしい。街の人々はリリスを見るなり、畏まった態度で頭を下げたり、距離を空けようとする。権力者に対する畏怖の念は、赤の他人とのコミュニケーションを遮っていた。


「手分けしましょう」


 リリスが言う。


「私がいると、皆さんも合格しにくいようですから」


「そ、そんな……!!」


「聖女様のせいでは……!!」


 リリスの取り巻きたちが焦った。

 しかしその意見に同意する者もいる。


「賛成よ。そもそも人助けって、こんなぞろぞろ集まってやることじゃないでしょ」


 きっぱり告げるクララに、取り巻きたちも静まり返った。

 取り巻きたちが押し黙った隙に、リリスは一人でどこかに向かう。するとロゼッタの背後にいた修道士の一人が、少し距離を空けてリリスの後を追った。


「アイル、ちょっと行ってくるわね」


 クララがアイルに近づいて言う。


「どこに行くの?」


「内緒。でも、ちゃんと作戦は考えてるわ。私に向いてる人助けってやつが、きっとこの街にもあるはず」


 そう言ってクララもどこかへ向かった。

 気のせいか、リリスと同じ方向に歩いて行ったような気もするが……。


 リリスがいなくなったことで、神学科の生徒たちからまとまりが失われた。次々と生徒たちが散らばっていく中で、アイルは既に合格しているためこの場に留まる。

 同じように、ここから移動しない生徒もいた。

 アイルはエリーゼの方を見る。


「……何?」


「えっと、エリーゼはリリスについて行かないのかなって」


「ついて来てほしくなさそうなのに、ついて行くのは家来失格でしょ」


 彼女なりに聖女のことを考えた上での選択らしい。

 エリーゼはまだ合格していない。しかし、それにしては余裕そうな態度だ。


「エリーゼは焦ってないの?」


「ええ。困っている人が見当たらないのは、いいことだし」


「そうだけど……」


 エリーゼの発言には一理あるが、同時に、助けを求める人々を見つける力も聖職者には必要ではないだろうかとアイルは思った。


 だが何より気になったのは、エリーゼがどこか投げやりな態度を見せていることだ。アイルにとってエリーゼは極めて真面目な学生である。授業態度は真剣だし、祈りの所作も見惚れるほど美しい。そんなエリーゼにしては、いまいちやる気を感じないのが不思議だった。


「これって、宣教のためにしている活動でしょ?」


 エリーゼが横目でアイルを見ながら言う。


「……私、宣教は好きじゃないのよね」


 呟くように言ったエリーゼは、街並みを眺めた。

 困っている人がいないということは、心の拠り所を必要としている人がいないということだ。


 ひょっとすると、この街の多くの人々にとって、イシリス教は不要なのかもしれない。そんな人たちに対する宣教とは、なんだか押しつけがましいというか、押し売りそのもののように感じた。


 ふと周りを見ると、いつの間にかここにいる生徒たちは少数となっていた。アイル、エリーゼ、そして他の女子生徒が二人。この人数なら一緒に行動しても問題ないだろう。


「あなたたち、イシリス教なの?」


 どこへ向かおうか悩んでいるアイルたちに、くたびれた様子の女性が声をかける。

 買い物に行く途中だろうか。手に鞄を提げた女性は、縋るような面持ちでアイルたちの方を見つめる。


「ちょっと相談に乗ってほしいことがあるんだけど、いいかしら?」


「は、はい!! 私が相談に乗ります!!」


「いえ! ここは私が!!」


 二人の女子生徒が我先にと相談を受けたがった。

 気持ちは分かるが、後ろで修道士に見られていることを思い出した方がいい。

 相談があるらしい女性は二人の様子に首を傾げたが、やがて訥々と語り出す。


「亡くなった夫のねぇ……墓を建てられないのよ……」


 女性の話を要約すると、先日亡くなった夫の墓を、経済的な理由から建てられないとのことだった。その件で自責の念に苛まれているらしく、食は細くなり、周囲の目も過剰に気にするようになったとか。


 確かに女性の顔は少し蒼白く、身体も痩せ細っていた。健康とは言えない状態である。精神的に追い詰められているようだ。鞄もよく見れば傷だらけで、身につけている衣服も使い込まれている。お金に余裕がないのも事実だろう。


「こんな私でも、イシリス様にお祈りすれば救われるのかしら……?」


 精神的に追い詰められている女性は、心の救いを求めていた。

 夫の墓を建てられない自分を、許してくれる()()を探していた。

 そんな女性に対し、二人の生徒は明るい顔で頷く。


「勿論です!!」


「祈れば救われます!! イシリス様は、いつも信者たちを見ていますから……!!」


 二人の女子生徒は熱心な言葉を投げかけた。

 それぞれの純粋な眼差しを受け、女性の表情が明るくなる。

 だが、そんな女性とは反対に、顔に陰を落とす者もいた。


「……適当なことを言うな」


 震えた声が聞こえ、アイルたちは振り返った。


「エリーゼ?」


 普段は感情を表に出すことがないエリーゼという少女は、何故か今、その目に強い嫌悪を滲ませていた。


「適当なことを……言うな…………ッ!!」


 エリーゼは拳を握り締め、二人の女子生徒を睨む。

 分からない。何故、彼女がここまで激怒しているのかアイルたちには全く分からない。恐らく何かが彼女の逆鱗に触れたのだろう。相談しに来た女性も、二人の女子生徒も困惑している。


 エリーゼは女子生徒たちを睨んだ後、どこかへ走り去った。


「エリーゼ!!」


 その背中を放っておくわけにはいかないと思い、アイルは慌てて彼女を追う。


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