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デミゴッドの導き ~少年は神学校で成り上がる~  作者: サケ/坂石遊作
2章 神学科の生徒たち

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 魔法学の授業が始まるため、魔法使いたちが神学科の教室から出て行く。

 残った数人のうち、アイルは紺色の髪の少女に声をかけた。


「エリーゼは、こっちだったんだ」


「悪い?」


「いや、その……初めて会った時の印象が、強者(つわもの)! って感じだったから。てっきりなんでもできるタイプなのかと」


「ふっ」


 エリーゼは鼻で笑った。


「聖女様じゃあるまいし、私は普通の人間よ」


 魔法使いではないことを特に気にすることなく、エリーゼは空いた椅子に腰掛ける。

 すると、その肩に一羽の小鳥が乗った。


「ずっと気になってたんだけど、その鳥はエリーゼが飼ってるの?」


「勝手に懐かれているだけよ」


 そう言うわりには、エリーゼは肩に乗った小鳥を優しく撫でていた。

 嘴の辺りを撫でられた小鳥は嬉しそうな鳴き声を発する。アイルは小鳥を飼ったことがないが、多分その仕草は信頼している人間にしか見せないものだろうと思った。


「信心深いと、動物に好かれるようになるのかな」


「……どうして私が信心深いと思ったの?」


「昨日の放課後、クララと一緒に洗礼堂の裏にあるイシリス様の像に祈ったんだけど、僕らの前に先客がいたんだ」


 編入試験の時、ラウレ司教に「イシリス教徒なら、修道院に入って最初にするべきはイシリス様の像の前で祈りを捧げること」と言われたため、少し遅れてから行動に移したのだ。試験当日は編入の手続きでバタバタしており、祈りを捧げる暇がなかった。


「集中していたから声はかけなかったけど、あれはエリーゼだよね? 祈りの所作が凄く綺麗で思わず魅入っちゃったよ。クララも丁寧だって褒めてた」


 エリーゼの祈りは、本当に美しかった。

 祈りの姿勢はそれほど複雑ではない。跪き、拳を裏返し、それを包む。その単純で短い所作が、まるで舞いの如く丁寧で芸術的だった。手足の指先まで全てに意識が払われており、あの時のエリーゼは、イシリス神に対する敬意の化身とすら見えた。


 祈りを積み重ねてきた者にしか身につかない動き。

 きっと彼女は、誰よりも敬虔な信徒なのだ。アイルはそう思ったが――。


「あはっ」


 エリーゼは堪えきれないように笑みを浮かべる。

 気のせいだろうか。今の笑みは、まるで自嘲のように見えた。


「そうね。見た目は綺麗でしょ?」


「……? うん」


 エリーゼの態度にはどこか含みを感じたが、その正体までは気づかなかった。

 アイルは不思議そうにエリーゼを見る。その背中に、男子生徒が近づいて声をかけた。


「あのー……」


 アイルが振り返ると、そこには背の高い男子がいた。

 短い金髪の青年だ。背が高くて筋肉もある。しかし顔つきが穏やかなので威圧感はない。身長差によって上から見下ろされているが、それでもなお親しみやすさを感じるくらいだ。


「俺たち、やることがないから魔法学の授業を見学しに行こうと思うんだけど、二人はどうする?」


「魔法学の授業って、僕らが見学しに行ってもいいの?」


「ああ。俺たちは魔法を使えないけど、イシリス教と魔法は無関係じゃないしな」


 という提案があったので、アイルは魔法学の授業を見学することにした。

 エリーゼが「暇だから私も」と言ったのは、少し意外だった。




 ◆




 魔法学の授業は学園校舎の正面にあるグラウンドで行われていた。

 アイルたちは、校舎とグラウンドを繋ぐ階段に腰かけ、魔法学の授業を受けている生徒たちを眺める。


「ウーヴェだ、よろしく」


 教室でアイルに声をかけた男子が、握手を求めてきた。

 差し出された手を握ると、どっしりした力強さを感じる。


「それで、イシリス教と魔法は無関係じゃないって、どういう意味?」


「……お前、それ本気で言ってる?」


 素直に頷くアイルに、ウーヴェは溜息を吐いた。

 ただ、呆れているというよりは、まるで世話のかかる弟に対する態度に見えなくもない。


「かつて魔法は、教会のものだったんだ」


 グラウンドで魔法の練習をする生徒たちを眺めながら、ウーヴェは語る。


「当時、魔法は奇跡と呼ばれていて、イシリス神に選ばれた極一部の敬虔な信徒にしか使えない神秘だった。でもある日、その力は唐突に誰にでも使えるようになって、それは魔法と呼ばれるようになった」


「……それも信仰離れの切っ掛けになったのかな?」


「なったとは思うけど、これは獄炎の日よりずっと前の話だから、この時代に生きる俺たちが恨むほどのものではないなぁ」


 古すぎる出来事には一喜一憂するのも難しい。

 実際アイルも初めて聞いた話だったので、ウーヴェが語った歴史は常識よりも少し専門的な知識かもしれない。


「聖女様は複雑だろうな」


 ウーヴェが呟く。

 その視線の先では、聖女リリスが両手を組みながら魔法を発動しようとしていた。


「聖女様、すんげぇ魔法使いなんだぜ? そっちの道の方が大活躍できたんじゃないかってくらい」


「そうなんだ」


「でも、()()()になっちまったからな。……奇跡が魔法に代わり、教会の神秘が民衆の手にすっかり渡ったこの時代、問答無用で教会の側に引き込まれた聖女様はどんな気持ちなんだろうな」


 グラウンドの中心で、聖女リリスが魔法を発動した。

 空中から光の花弁が振ってくる。まるで神の降臨を彷彿とするその光景は、辺りにいる全ての生徒たちの目を奪った。幻想的で、神秘的。こんな光景を生み出す魔法を見たのは初めてだ。


「そういう話、本人とはしないの?」


「しないなぁ。聖女様ってあんまり自分のこと喋らないし」


 確かにリリスはそういう性分に見える。

 薄らと壁を感じるのだ。ただ、アイルはまだ彼女とろくに会話したことがないため、気のせいかもしれない。


「しかし、お前の連れも負けず劣らずとんでもないな」


 ウーヴェは微かに笑いながら言った。

 グラウンドの中心で、今度はクララが魔法を発動した。天から灼熱の業火が降り注ぎ、グラウンドにぼこぼこと穴を空けている。


「破壊の鬼だ」


 生徒たちは青褪めた顔で一斉に避難した。クララの力量を知るアイルは、彼女が周りの人たちを怪我させるわけがないと信じているが、他の者にとっては知ったことではない。魔法学の教師と思しき男性が、クララに向かって激しく叱責する。しかしクララはどこ吹く風の様子だった。


 グラウンドの隅っこで、レクスが半泣きになりながらクララを見つめていた。

 レクスは臍の前で拳を包み、イシリス神に祈る。今、自分が生きていることに感謝しているようだ。


「ウーヴェ、あまりその子と仲良くしたら駄目よ」


 阿鼻叫喚の光景を引き攣った顔で見ていると、エリーゼがやって来る。

 短く忠告したエリーゼは、冷たい瞳でアイルを見た。


「ごめんなさい、アイル。私たちは聖女様の家来だから、聖女様が貴方のことを認めない限り、私たちも認めちゃいけないの」


 クララはエリーゼのことを聖女の家来だと揶揄していたが、エリーゼは臆面もなくそれを自称した。

 そっかぁ……と落ち込むアイルの隣で、ウーヴェは難しい顔をする。


「エリーゼ、聖女様はアイルのことを認めてないわけじゃないと思うぞ」


 ウーヴェは複雑な面持ちで言う。


「聖女様は、なんていうか……俺たちに興味がないと思う」


「そんなの関係ない」


 吐露されたウーヴェの心境を、エリーゼはばっさり切り捨てた。


「聖女様は最もイシリス神に近い人よ。なら私たちはあの人に付き従うだけ。あの人の後ろだけを歩き、あの人が気に入ってそうな人とだけ話す」


 そう言ってエリーゼは、アイルの方を見て冷笑した。


「貴方も、聖女様の家来になれたらいいわね」




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