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デミゴッドの導き ~少年は神学校で成り上がる~  作者: サケ/坂石遊作
2章 神学科の生徒たち

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 翌朝、アイルは王立学園の学生寮で目を覚ました。

 神学校が神学科に変わって、もっとも環境が一新したのはこの寮だという。かつて修道士たちは静謐な修道院で寝泊まりしていたが、今は他の学科の生徒たちと一緒にこの雑多な寮で過ごす羽目となった。祈るための部屋も、イシリス神の像もないこの寮は、神学科生たちにとって賛否両論である。


 賛成の意見があるのは、修道院では相部屋しかなかったが、学園の寮は一人一人の個室が与えられるからである。一人の方が祈りやすいという意見も多く出たらしい。特に、ルームメイトのいびきに悩まされていた者は歓喜したという。


 ベッドで目を覚ましたアイルは、顔を洗った後、窓際に置かれた天秤の像を見た。


(朝起きたらすぐに祈る……だったよね)


 イシリス教徒は一日に一回、必ずイシリス神に祈りを捧げなければならない。理想は教会などに設置されているイシリス像に祈ることだが、それが難しければ代わりにイシリス神の象徴である天秤の像に祈りを捧げる。天秤の像は教会で配布されており、こちらは掌サイズなので自宅に置くことができる。


 レクスに言われた通りの姿勢で、アイルは祈った。

 臍の前で逆さにした右拳。それを左掌で下から覆う。


 祈りを捧げるタイミングは色々あるが、一日に一度の祈りは特に大事なので、跪くとなおいいらしい。アイルは片膝を立てて天秤の像に祈りを捧げた。


 何か返事があるわけではない。

 何か身体に変化が訪れるわけでもない。


(……今はまだ、分からない)


 果たしてこの行為がアイルの求めるものなのか、答えは分からないままだ。

 だがこの献身には価値があるように感じる。何度も繰り返したら、いつか何かが見えてくるのだろうという予感があった。


 積み重ねたという事実。

 それ自体が心の寄る辺になるのかもしれない。




 ◆




 一時間目の歴史の授業と、二時間目の宣教学の授業が終わった。

 休み時間。アイルは無言で頭を抱える。


「……アイル、何してるの?」


「……詰め込んだ知識が逃げないよう頭を押さえてる」


 クララは可哀想なものを見るような目でアイルを見た。


「おい」


 その時、一人の男子生徒がアイルに近づく。


「レクス……?」


「手を見せろ」


 そう言ってレクスは唐突にアイルの腕を掴んだ。

 有無を言わせずアイルの掌を見たレクスは、そこに刻まれたものを観察する。


「……俺も田舎出身だ。それも王都から馬車で十日かかるような辺境のな」


 レクスは静かに語り出す。


「幼い頃に両親と王都に引っ越してきたが、祖父母は田舎に残っている。偶に会いに行くが、農家の祖父の両手はいつもマメだらけだ。農作業ってのは力仕事らしい」


 レクスはアイルの掌をじっと見つめた。

 見覚えのあるマメが指の付け根にたくさんある。ほんの少し前までこの手は鍬を握っていたのだと、レクスには一目で理解できた。


 レクスは掴んでいた腕を離し、一冊のノートをアイルの机に放った。

 机に置かれたノートを見てアイルは首を傾げる。


「貸してやるよ。これまでの授業内容をまとめたノートだ。早めに返せ」


「……うん! ありがとう、レクス!!」


「ば……っ! 声が大きいんだよ!!」


 レクスは慌てて聖女リリスの方を見た。

 しかし聖女はクラスメイトに勉強の相談をされているようで、こちらの会話内容には気づいていない。レクスは「ふぅ」と安堵の吐息を零した。


「次は魔法学の授業ですから、そろそろ移動しないと遅刻してしまいますよ」


 相談しに来たクラスメイトに向かって、聖女がそう告げたのが聞こえた。

 魔法学とは文字通り、魔法を学ぶための授業だ。人数の都合上、魔導科の生徒と一緒に受けるらしい。この授業は魔法使いだけが受講できるもので、そうでない者は教室で自習となる。


 聖女を含む半分以上のクラスメイトが、魔法学の授業を受けるために教室から出て行った。

 クララは彼らについて行く直前、振り返ってアイルの方を見る。


「アイル」


 クララは真っ直ぐアイルを見つめて訊いた。


「アイルは、そっちなのね」


「うん」


 クララはしばらく考えた後、「そ」とだけ呟いて教室を出て行った。

 魔法学の授業は、魔法使いしか受けられない。

 クララはその授業を受けられるし――アイルは受けられない。


 アイルは、魔法使いではない。

 その事実に強い関心を寄せるのは、神学科の中ではクララだけだった。



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