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昼休みになると、生徒たちは学園の校舎にある食堂へ向かった。
自分で昼食を用意している人は教室や中庭で食事を済ませているが、ほとんどの生徒は食堂を利用するらしく、廊下は軽く混雑していた。
編入初日ということもあり、この日の昼休みはなるべく色んなクラスメイトと一緒に過ごしたいと思っていたが、アイルはクララの噴火寸前の面持ちを見て、今回は二人だけで過ごそうと決める。
「ムカつく~~~~!!」
食堂の空いたスペースに座ったところで、クララは怒りをぶちまけた。
二人きりでよかった。クラスメイトと一緒だったら、また危うい空気が生まれていたかもしれない。
「まあまあ、レクスも悪気があったわけじゃないと思うよ。彼も言ってたけど、キャリアだけを掠め取ろうとする人が今まで何人かいたみたいだし……」
「一番腹が立つのは、あのエリーゼって女よ!!」
紺色の髪の少女だ。
どちらかと言えば、髪の色よりも小鳥と仲がいい印象の方が強い。
「アンタ見てた!? あの女、聖女が来てから急に後ろに隠れたのよ!!」
「え、そうだっけ?」
「そうよ! 澄まし顔で、いつの間にか聖女の後ろに立っているの! 私は何もしてません、全て貴女の言う通りって顔でね! まさに聖女の家来よ!」
言われていれば、昨日彼女たちとすれ違った時も、エリーゼはリリスの後ろを陣取っていた気がする。家来という言葉は刺々しいが否定も難しかった。
「クララはそういう人が苦手なんだね」
「嫌いよ!」
折角マイルドな言い方で表現したのに一蹴された。
新顔ということもあってか、周囲からの注目も集めつつある。これは早めに教室へ戻った方がよさそうだなと思い、アイルは細かくパンを咀嚼した。幸いクララも食べるのは早かった。
食事が終えたので、アイルたちは食堂から出て廊下を歩く。
教室へ戻る途中、黒い服を着た聖職者が見えた。
「あ、ラウレさん」
司教のラウレが、立ち止まってこちらを振り返った。
「学生に気安く呼ばれる立場ではないのですが……まあ、あなたたちには言ったところで無駄ですね」
「よく分かってるじゃない」
「はぁ……猊下はどうして、このような爆弾の編入を許したのか……」
ラウレは額に手をやった。
ひょっとすると、この人はアイルたちが合格する未来を望んでいなかったのかもしれない。
「ラウレさん。神学科の皆について話を聞いてもいいですか?」
「そういうのは本人たちに聞けばよろしいのでは?」
「そうしようと思ったんですけど……ちょっと気まずくて」
クララの機嫌が悪くなくても、どのみち今日の昼休みを彼らと共に過ごすのは難しかった気がする。アイルたちが神学科に馴染めていないことを察してか、ラウレは小さく吐息を零した。
「今の神学科は、はっきり言ってしまうと聖女様とその取り巻きという感じですね」
思ったよりも包み隠さない答えが返ってきた。
「まあ、だからこそ私はあなたがたが試験を受けることを許可しましたが」
「それはどういう……?」
「自分で考えてください」
ラウレははぐらかし、それから別の話題を口にした。
「二人とも授業にはついていけましたか?」
「僕は全然……」
「私はまあまあね」
概ね予想通りの答えだったのか、ラウレは短く鼻で息をした。
「耐えてくださいね」
ラウレは真剣な表情で告げた。
「生徒たちのやる気とは裏腹に、教会側は今、獄炎の日に端を発した人手不足解消のために様々な基準を緩めることを検討しています。受験料をなくし、試験を簡単にし、授業も優しくする……そうすれば確かに人は集まるでしょう。けれど私には、これこそが破滅への道だと思えてなりません」
既に受験料は無償になっている。
レクスのアイルに対する当たりの強さは、リリスが窘めた通りやり過ぎの領域ではあったが、やはりその懸念自体は誤りではないようだ。門を開きすぎると、予期せぬ者まで招いてしまう。それは神学科を守りたい人たちにとって望まない展開だろう。
「今のイシリス教には、あなたたち若者の踏ん張りが必要です。どうか、耐えてください」
そう言ってラウレは黒い裾を翻し、どこかへ歩いて行った。
アイルたちは離れていく司教の背中を無言で見つめる。
「あんなこと言われると、やる気が燃えるね」
「アンタは最初から燃えてるでしょ」
確かに、やる気は最初から漲っている。
「あ……ごめん。クララ、ちょっとここで待っててもらえる?」
改めて教室へ戻ろうと思ったが、その前にもう一つだけラウレに相談したいことがあったのだと思い出した。頷くクララをいったん待たせ、アイルは再びラウレに近づいてその背中に声をかける。
「ラウレさん」
「まだ何かありましたか?」
「神学科に通いながら、冒険者にもなっていいですか?」
振り返ったラウレは、その問いかけに目を丸くした。
「それは、貴方がですか?」
「いえ、クララです。彼女は戦うことが好きなので、冒険者になれたら嬉しいんじゃないかと思って……」
冒険者というのは武闘派の何でも屋のようなもので、国や街を守る軍人や騎士と違って、外にいる魔物を退治することの多い職業だ。クララならきっと気に入るだろうと思いアイルは提案したが、ラウレは顎先を指で触れながら考える。
「私の目には、彼女が貴方を放り出して他のことをするようには見えませんけどね」
ラウレは離れた位置でアイルを待つクララの姿を見て言う。
軍の入隊試験でクララが魔物と戦っている時、彼女はとても楽しそうだった。あの場に行くための肩書きがあれば、遠慮なく使いそうなイメージがアイルの中にはあったが……言われてみれば、今のクララは当時と比べてちょっと落ち着いている。
多分、戦いは今でも好きだし、だからこそレクスとも睨み合っていたと思うが……なんていうか、今はそこまで戦いに餓えていないように見える。
「人は変わるものです。……貴方がその切っ掛けになったのでは?」
ラウレの言葉が、すとんとアイルの胸に落ちる。
自分がクララを変えたのだろうか?
だとしたら、できるだけ彼女が後悔しないよう頑張ろうとアイルは思った。




