16
聖職者になると決めたアイルは、その登竜門である学び舎のもとへ向かった。
現在、王都で神学の道を修めようと思ったら、辿り着く門は一つしかない。
「ここが、神学科のあるラテイル王立学園……」
村を出る前から、王都に学校があることは聞いていた。
この国で最も優秀な教育機関であるラテイル王立学園は、その規模も大きい。在校生は全学科を合わせて千人を超える。誰でも入学できるわけではなく、学費も決して安くない、来る者拒まずとはお世辞にも言えない学び舎にしてはかなりの人数である。
「……建物が大きすぎる」
王都の中心には煉瓦造りの荘厳な王城が聳えているが、ともすればラテイル王立学園はまるで白亜の城のように見えた。これを口に出せば不敬に値するかもしれないが、存在感だけなら王城に勝るとも劣らない。
「何してんの? 行くんでしょ?」
「あ、待ってよクララ!」
校舎の大きさに萎縮するアイルの脇を、クララは堂々と歩いていった。
アイルについて行くと言ってわざわざ軍の入隊を蹴った少女だが、その性分からか、どちらかと言えばアイルの方が彼女の背中を追いかけることになりそうだった。
とはいえ、肝心なところでクララは一歩退く。
大事な選択に直面すると、彼女は黙って一歩下がりアイルの背中を見つめる。人生の分岐点は常にアイルへ委ねようとする姿勢が窺えた。
なので、先に校舎へ踏み入れたのはクララだったが、神学科の関係者と思しき人物に声をかけるのはアイルの役割だった。見慣れない環境に戸惑いながらも、アイルは修道服を纏った女性を廊下の奥に見つけ、近づいて声をかける。
「すみません、神学科の生徒ってまだ募集していますか?」
「ええ、していますが……まさか編入をご希望で?」
「はい!!」
まさかの部分が気になったが、アイルは元気よく肯定した。
幼い頃からずっと頭にあった、聖職者としての道。遂にその第一歩を踏み出す時が来たのだ。そう考えると高揚感が湧いてくる。
「分かりました。では手続きをしますから、こちらへ……」
「あの、推薦状を貰っているんですけど」
「推薦状? ……ああ」
アイルが取り出した封筒を見て、修道女は嘆息した。
「申し訳ないですが、本校に推薦という制度はございません」
「え」
「まったく……偶にいるんですよ。獄炎の日で立ちゆかなくなった我々を気遣って、手当たり次第に若人を送り込むお人好しが。気持ちはありがたいのですが、こちらにも人を選ぶ権利はありますので……」
不満が募っているのか、修道女の唇からは愚痴が零れていた。
どうやら獄炎の日を境に、多くの聖職者がこの学び舎への推薦状をしたためているようだ。しかしアイルが推薦されたのは五歳の時で獄炎の日とは関係ない。
「あの、一度だけ読んでもらえますか? 僕にこれを渡した人は、これを読ませれば絶対に上手くいくと言っていて……」
「そんなわけないでしょう。ですが、そのような適当なこと口にした輩が誰なのかは確かめねばなりませんから、読ませていただきます。どうせ田舎の司教かそこらだと思いますが……」
修道女は丁寧に封筒を開き、中の手紙を読んだ。あまり機嫌はよくなさそうだが、それでも所作が丁寧に見える辺り、修道女としての深い経験を感じる。
だが、その丁寧な所作も長くは保たなかった。
「……………………………………へぁ?」
推薦状の内容を読み、修道女は目を見開く。
指先はぷるぷると震え、手紙にくしゃりと皺が刻まれた。
「ひ、ひぇぇ…………っ!? ししし、司祭様……! 司祭様ぁぁぁっ!」
修道女は今にも泣き出しそうな顔で司祭を呼んだ。
何事かと人が集まってくる中、灰色の服を着た女性がやって来た。
「どうしましたか、シスター・ロゼッタ。そのように大騒ぎして……」
「こここ、これを!! よ、読んでください!! わわわ私には判断できません……!!」
修道女は震える手で灰色の服を着た女性に推薦状を渡した。
女性はその推薦状を読んだ後、やはり修道女と同じように震え――叫んだ。
「きょ、教皇ぉおぉぉおぉおぉおぉおぉ――っ!?」
2章開始です!
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