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64(4)話

 七海の目線の先には、生徒会室と書かれた教室がある。

「では、どうぞ入ってください」

 そう言って櫻木叶耶は生徒会室の扉を開ける。

 七海は彼女に促されるがまま、生徒会室へと入った。


 ブラインドの隙間からオレンジ色の光が零れ、無機質な床で淡く反射する。中はきちんと整頓がされていて、さすがは彼女が生徒会長だけあるな、と七海に思わせた。

 櫻木叶耶は七海が生徒会室に入ると、入ってきた扉を静かに閉めた。その仕草は、これから大切な話をする予兆のようなものを七海に感じさせた。

 櫻木叶耶は扉を閉めると、七海とは反対側へと歩き出す。そして、ふと足を止めた。

 七海はごくりと唾を飲みこむ。

「それで、一体、私に話ってなんなのかな?」

 黙っていることができず、七海は先に口を開くことにした。

 櫻木叶耶は七海の方へゆっくりと振り返る。

「笹瀬さん、最近よく桂くんと一緒にいますよね?」

 彼女は振り返ると、感情の読めない顔をしながら、そう問いかけてきた。

 彼女の問いに七海の心の中で、ほんの小さい動揺が生まれたが、七海はそれを表に出すまいとした。

「ん、たしかにそうかもね。私と遼、ゆーちゃん、桂君とでよくお昼とか食べるし」

 七海はとりあえず、一般的な目から見ての自分たちの関係を話すことにした。


 しかし、櫻木叶耶は、

「ふふ、たしかに笹瀬さんたちはよく一緒にお昼を食べていますね。ただ、私が言いたいのは学園でのことではないですよ?」

 怪しく瞳を光らせながら、そう口にする。

 その直後、先ほどよりも大きな動揺が七海の心の中で広がる。

「学園の外ってこと?」

 うちに広がった動揺を押し殺したまま、七海は彼女に尋ねた。

「はい、そうですね。厳密には、日没後のことでしょうか」

「ッッ⁈」

 七海は目を見開く。

 夜に自分と彼が会っていることは誰にも言っていない。彼にも口外しないよう口止めをしているから、彼から外部に漏れるようなことも考えられない。そして、自分たちは基本、人気の少ない場所で怪異の討伐を行っているのだ。自分たちの行動を他人が知る術なんてないはず。

 それなのに、目の前の彼女は、自分たちが夜に一緒にいることを知っていた。どうやって知ったのか全く見当もつかない。


 目の前に佇む彼女はさっきから表情を崩さない。その顔からは彼女の真意が全くくみ取れないのに、彼女からは自分の全てが見透かされているように思えた。普段の彼女が発する雰囲気とは全く違うそれを、今の彼女は纏っている。

 正直に言えば、七海は彼女のことを少し恐れていた。

「どうして櫻木さんがそのことを? 私たちのことを見ていたの?」

 七海は隠しても無駄だと感じ、言外に彼と夜中に会っていたことを認める。

 七海の問いかけに対し、彼女は小さく笑みを浮かべた。

「そうですね……、見ていないといえば嘘になります。ただ、それ以上のことは話せませんんね」

 そう言って彼女は答えをはぐらかす。しかし、彼女は、でも、と言って話を続けた。

「安心してください。私から他の誰かに言ったりなんてしていませんから」

 彼女の言葉を聞き、七海は少し安堵する。彼女が怪異の討伐についてまで知っているかは不透明だが、このことが他人に知られたら大変なことになる。


「それで、今日はそのことを伝えに私を呼んだの?」

 相変わらず表情を崩さない彼女に七海は問いかける。

 すると、彼女は首を横に振った。

「いいえ。これは本題ではありません。私は笹瀬さんにお願いがあって、今日は呼んだんです」

「えっ、私にお願い?」

「はい、笹瀬さん、もし今後、あなたが桂君と一緒にいるときに、彼の様子がおかしくなったら、これを彼に飲ませてくれませんか」

 そう言って、彼女はポケットの中から小瓶を一つ取り出し、机の上に置いた。

「なにこれ……?」

 七海は訝しげにそれを見つめる。

 小瓶の中には少量の液体が入っていた。ただ、その液体の色は毒々しい紫色で、見るからに市販のものではないことが窺えた。

「桂君にとって必要なものです。必ず彼にとって必要になるときが訪れます」

 そう口にする彼女はいつになく真剣だった。得体が知れず、彼女のことを不審に思っていたが、彼女の口にした今の言葉だけは、なぜか信用することが出来た。

「分かったわ……。これは私が預かる」

 七海は机の上に置かれた小瓶を手に取り、自分のポケットにしまう。

 すると彼女は、

「ありがとうございます。……ぜひ、桂くんを救ってください」

 そう意味深な言葉とともに儚げな笑みを浮かべたのだった。


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