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56(2)話

「あら、今晩も出かけるの?」

 玄関で靴ひもを結んでいると、背後から母さんの声がした。

 時刻は午後九時。こんな時間に息子が外出しようとしているのだから、呼び止めるのも無理はない。

「うん、ちょっと外を散歩してくるよ」

 靴ひもを結び終えると、すっと立ち上がる。

 散歩というのは嘘だ。今晩も七海の怪異討伐に同行する。母さんが怪異のことを知っているか分からなかったし、もし知っていたとしても本当のことを話せば止められる可能性もあるので、適当な理由をつけるようにしていた。

「あらそう、……気を付けてね」

 母さんの声音はいつも通りだった。まるで、放課後にどこか遊びにいく息子を送り出すかのように。


 玄関の扉の前まできて、ふと足が止まる。

 夜に外出しようとするのを見られたのは今回が初めてではない。そして、今まで散歩で済むような短時間で帰宅してきたことはない。母さんは、俺が夜の遅い時間に、それも長時間外出していることを知っているはずだ。

 しかし、今まで外出を止められたことはない。不審に思ったり、心配したりはしないのだろうか。そんな疑問が降って湧いた。

「あら、どうしたの?」

 玄関で立ち止まる俺を不思議に思ったのか、そう尋ねてくる。

「……いや、母さんって今まで俺が夜に出歩いているのを止めようとはしないよなって」

 すると、母さんはいつもより優しい口調で話してきた。


「こうくんにとって、大切なことがあるんでしょ?」


「……えっ?」

 思わず声を上げる。振り返ると、母さんはいつもの優しい笑顔を浮かべていた。


「夜遅くに何をしているか詳しくは知らない。でも最近、こうくんは魔導に興味を持って、魔導書を読んだり、魔導薬を作ったりと、魔導にのめり込んでいた。魔導に集中しているときのこうくんは、今まで見たことないくらい目を輝かせていた。お母さんは嬉しかったの。こうくんが魔導に興味を持ってくれたこと、こうくんにとって大切なものができたことが。だから、今はその大切なことを大事にしなさい」


「……」

 母さんの言葉が胸に響く。

 親であれば不審に思っていないとか、心配していないはずがない。母さんも本当は、心配で不安なはずなんだ。でも、俺のことを信用してくれている。信用した上で、俺のやりたいことを後押ししてくれている。


「……ありがとう、母さん」


 普段は口にしない感謝を述べて、俺は玄関の扉を開けたのだった。


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