56(1)話★
「いやな奴……」
彼らの後ろ姿が見えなくなった後、俺は静かに独り言ちる。
「いやー、桂君って意外と好戦的なのね」
ふいに横から声がかけられた。
「ッッ⁈」
慌てて振り向くと、そこには七海がいた。
「―――って、七海か。突然驚かさないでくれ」
今の七海はどうやら学園モードであるようだ。まあここは学園の敷地内だし屋外だから、素の七海を学園の人に見られるのは困るのだろう。
「ごめん、ごめん。それにしてもかっこよかったわよ。なんか櫻木姫を守る騎士みたいだった。どうせ、今の生徒会を悪く言われたのが、櫻木さんを悪く言われたみたいで癪に障ったんでしょ?」
「うっ……」
完全に図星だった。
「でも、この勝負、結構厳しいものになるわよ」
そう言葉にする七海の表情は険しい。
「たしかに、櫻木さんの人気は高いわ。たぶん、この学園の生徒のほとんど彼女を嫌ってなんかいない。でも今回、龍泉寺は、櫻木さんと龍泉寺との対決というより、生徒会という既存勢力と新勢力との対決構造に持ち込もうとしている。そうすれば、既存勢力に反感をもつ生徒は一定数いるし、新しいことを望む生徒もそれなりにいるから、そういった生徒の票が龍泉寺に流れてしまう可能性があるわ。それに、彼の方が選挙活動もうまいしね」
「ああ。俺と櫻木さんでもあそこまで人を集めることはできなかった。その点は、彼の演説のすごさを認めるよ」
しかし、七海は首をふるふると横に振った。
「違う、違う。わたしがうまいって言ったのはそういうことじゃない。言っておくけど、櫻木さんや桂君の演説自体と彼の演説自体との間に差はあまりないと思うわ。むしろ、演説の内容は櫻木さんたちの方が上だと思う」
「え、それじゃあ、なんで……」
「彼はあの聴衆のなかにサクラを数人紛れさせていたの。何人かが演説に聞き入っていれば、他の人たちもそれにつられてしまう。人の深層心理をついたものね。それにほら、彼の演説中に、あまりにもいいタイミングで彼に同調する声が聞こえたでしょう? あれもサクラ。そうして、彼は多くの聴衆を集め、自分の意見の正当性をアピールしていたの」
さすがは新聞部に所属している七海だ。観察眼に長けている。
「じゃあ、俺たちもサクラを用意するとか……」
「櫻木さんがそんなことをしないって、桂君が一番理解しているでしょ?」
「……」
まったくもってその通りだった。自分の選挙のために彼女が生徒にそんなことをお願いするとは思えない。その子たちの時間を無為に奪ってしまうことになってしまうからだ。
「それならこのまま地道に選挙活動をするしかないかな……」
「そうね。今はそれしかないと思う。でも、安心して、わたしは新聞部という立場上、部を上げて櫻木さんを応援することはできないけど、個人的には櫻木さんを応援しているから」
「うん、ありがとう」
この後、俺は七海と分かれて、自転車で帰宅したのだった。




