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52(6)話

 放課後デートに誘われた俺は、新聞部の片づけが終わった後、七海と一緒に近くの公園に来ていた。ここは、以前、ベンチで吸血鬼に血を吸われた被害者を見つけた場所で、七海が人狼たちと戦った場所でもある。


 七海がベンチに腰掛けた後、俺も彼女に続いてベンチに腰を下ろした。

 日はすっかり傾き、橙色の世界が目の前に広がっている。遊具から延びる影は、今が一番その存在感を放っている。視線の先では、影踏みに興じている小学生たちがいた。

「はい」

 俺が遊んでいる小学生たちを見ていると、隣からレモンジュースのペットボトルが差し出された。

「えっ?」

「あげる。さっき、学園を出る前に買っておいたの」

 新聞部の片づけが終わった後、俺は七海に言われて先に玄関に向かっていた。彼女が部室の鍵を職員室に返却すると言っていたからだ。鍵を返す際に、自販機で購入してくれたのだろう。

 俺は七海から差し出されたペットボトルを受け取る。

「ありがとう。何円だった?」

「いらない。ここは私のおごり」

「いや、さすがに悪いって」

「いいから素直に受け取って」

 彼女にしては珍しく、有無を言わさぬ口調だった。これ以上は押し問答になりそうだ。

「……わかった。それならありがたくもらうよ」

「うん、そうして」


 ペットボトルの蓋を開け、飲み口を口元に運ぶ。レモンのほどよい酸味が喉に広がった。

 数口飲むと、飲み口を顔から離す。

 同じタイミングで七海もペットボトルを自身の隣に置いた。

「……」

「……」

 沈黙が二人の間に流れる。

 遊んでいた小学生たちも門限の時刻になったのか、すでに公園からいなくなっていた。

 今ここには俺と七海しかおらず、この瞬間、辺りに凪の時間が訪れる。

 こんなところに呼び出して、七海は一体どういうつもりなのだろうか。今まで、怪異関連以外で七海と二人きりになることがなかったので、余計に疑問を覚える。


 どれくらいこうしていただろう。先に口を開いたのは七海だった。

「ねえ……、昨日の私、やっぱりおかしかった?」

 昼みたいな元気も、夜みたいな棘もない、しおらしい声が聞こえてきた。

 俺はなんと答えるべきだろうか一瞬悩んだ。そして、結局、あのときに思ったことを正直に伝えることにした。

「……ああ、いつもとは違って見えた」

 あのときの七海はどこか違った。本心をあまり見せることのない彼女からドス黒い感情が漏れ出していた。怒り、憎しみ、殺意、それらのドロドロとした感情が混ざり合って、濃縮されて。

 本来は助けるべき一般人を突き飛ばしてまで、あの吸血鬼を殺そうとしていた。

「……やっぱりそうだよね」

 七海は顔を俯ける。その表情を窺うことはできないが、どこか気を落としているように見えた。


「桂君、私がなんで怪異と戦っているか知っている?」

 唐突な問いだった。

「……そんなの七海が魔導師の家系に生まれたからだろ?」

 彼女は言っていた。自分は怪異を討伐する魔導師の家に生まれたのだと。だから、怪異と戦うことが生まれたときから宿命づけられていたのだと思っていた。

 しかし、七海は小さく首を振る。

「それだと半分だけ正解」

「半分?」

「そ、半分。たしかに私は家のしきたりで怪異と戦う。現世に現れた怪異を倒して、この町の人たちの平穏を守る。でも、それだけで戦っているわけじゃない」

「それじゃあ、一体……」

 おそるおそる七海へと顔を向ける。

 彼女は両手の拳をぎゅっと握りしめた後、顔を上げて真っすぐ前を見つめた。


「もう半分は――復讐――」


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