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52(5)話

「なあ、七海」

 俺は次の新聞を運びながら、七海に問いかける。

「ん?」

 相変わらず七海は手を止めずに返事だけ寄越した。

「七海って、どうして学園で猫を被っているんだ?」

 前々から気になっていたことを口にする。

 この前、七海には学園での七海と夜の七海はどっちも同じ七海なんだよな、と言った。とはいえ、まるで別人かと思うようなあの変わりようだ。不思議に思わないわけがない。

「猫被っているって……、ねえ、もう少しオブラートに包んだ言い方はないの?」

 七海は呆れ口調でそう答えた。

「いや、仕方ないだろ? 昼と夜とで別人のように性格が変わるんだから」

「より言い方が悪くなっているんだけど……。まあ、いいか。桂君、今の私のようにツンケンした人間がクラスのみんなとコミュニケーションをとれると思う?」

「いや、誰も七海を怖がって話しかけにこないと思う」

 現に俺も彼女のことが怖いと思う瞬間がいくつもあるし。

「……今、失礼なことを考えなかった?」

 そのとき、新聞を抱えながら七海がジト目を送ってきた。

「い、いやっ、そんなこと考えてないって」

 彼女の勘の鋭さに肝を冷やす。おかげで明らかに動揺した反応をしてしまった。

「はあ……、桂君、分かりやすすぎ……。で、話を戻すけど、今の私には声を掛けてくれる人はいないよね?」

「あ、ああ」

「それだと、みんなから情報が入ってこないじゃん。私はみんなから好かれる新聞部員でいることで、情報を仕入れているの。それら情報の中には怪異に関連するものも含まれているかもしれないから」


 彼女の言葉に納得がいった。

 たしかに、人気者の七海には学園の内外を問わず、各方面から様々な情報が入ってくるはずだ。それらは他愛もないことが多いが、オカルトじみた噂話もあり、その中には実は怪異にまつわる類のものがあるかもしれない。

「それじゃあ、やっぱり今の七海が素の七海なのか?」

「そう。前にも言ったじゃない?」

 七海は素っ気なく答える。

 素の自分を隠して、全く違う人物になりきる。果たしてそれはどれくらい大変なのだろうか。違うキャラを演じるなんて経験はしたことがないが、彼女みたいに四六時中、クラスの人気者という仮面をかぶり続けるのは、とても大変なことのように思えた。

 七海は淡々と自分の作業をこなす。


 俺は彼女に与えられた仕事をしながら、ちらちらと彼女の様子を横目で窺う。ここ最近、ずっと彼女の近いところにいたが、彼女のすごさを幾度となく見せつけられた

 昼は新聞部としてクラスの人気者。それに、こうして他人からは見えないところで人の役に立とうとしている。

 夜は代々受け継いできた家業として怪異の討伐。おそらく毎晩のことだろう。自分の命を危険に晒し、この町の住民を守っている。さらに、怪異との戦闘に備えて、日々の訓練だって怠ってはいないだろう。

 いつ休みを取っているのだろうか、とこちらが心配になるほど、彼女は働いている気がする。

 それに引き換え、今までの自分は、何かを目標にするわけでもなくダラダラと人生を過ごしてきた。そんな自堕落な自分にとって、彼女の献身的でストイックな生き方はとても眩しかった。

 何か自分にできることを彼女にしてあげたい、彼女と一緒に過ごすことが多くなって、感じるようになったことだ。

 どうやったらもっと彼女の助けになるだろうか、そんなことを考えていると、ふと昨夜のことを思いだした。


「なあ、七海」

 新聞をまとめていた彼女に再び声を掛ける。

「ん、今度はなに?」

 七海は手を止めることなく返事をした。

「……昨夜は何があったんだ?」

 しかし、口に出してみてハッとする。そういえば、彼女からは学園で怪異に関することを話すなと言われているのだった。


 やばい、怒られるっ……


 そう思って身を縮こまらせると、

「……今日の放課後、時間ある?」

 非難も凶刃(きょうじん)も飛んでくることはなく、代わりに返ってきたのは予想外の問いかけだった。

「えっ……、まあ、時間はあるけど……」

 彼女の真意がわからないまま、素直に回答する。

 すると――――、


「この後、放課後デートに付き合ってよ」


 そう彼女が提案してきたのだった。


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