50話
「ん、どうかした?」
無言の俺を怪訝に思ったのか、七海がこちらを覗き込むように尋ねてきた。そこで俺も我に返る。
「あ、いやっ、ごめん。ただ、七海が笑っているのが新鮮で……。ほら、夜にこうして会うときの七海は学園での七海と別人のようだったから」
そこで七海もハッとする。どうやら無意識だったらしい。
「あっ、えっと、これは……」
指摘を受けた七海は視線を泳がせながら言葉を探す。どうやら、今の言動は自分にとっても思いもよらぬものだったらしい。
「いや、七海は笑っている方がいいと思う」
あたふたする七海を落ち着かせるように、俺は穏やかに呟いた。
「えっ?」
七海が首を傾げる。
「ほら、学園にいるときの七海は明るくて、クラスのムードメーカーだったから、俺、初めてあの夜に七海に会ったときは、七海が別人のようで驚いたんだ。いきなり刀を突きつけてきたし、いつもツンケンしていたからな。どっちが本当の七海なんだろうって思ってた」
「……」
七海は静かに俺の言葉に耳を傾けている。
「正直、七海のことが怖かった。俺が全然知らない七海だったからさ。でも、それってどっちも七海なんだよな。クラスで明るく振舞う七海も、怪異を倒しているときの七海も。だって、さっきの笑顔は、どっちも一緒だったから。それを踏まえて、やっぱり七海には笑顔が似合うなって思ったんだ」
先ほどの七海の笑顔を見て思ったことを正直に口にする。それほどまでに、先ほどの笑顔は魅力的だと感じた。
「……バカじゃないの?」
七海は顔を俯けてながら、俺を罵倒してきた。しかし、その声は少し震えていて、耳も赤くなっているように見えた。
「こっちの私が本当の私。学園での私は、……ムードメーカーという役を演じているだけ。……、さ、早く食べよ? 次の怪異の討伐に行かないとっ」
そう言って、七海はお弁当箱からおにぎりを取り出して、手に取ったそれにかぶりつく。
俺はそんな彼女を横目に見ながら、自らも目の前のおにぎりを頬張るのだった。




