45話★
家に上がると、パタパタと階段から誰か降りてくる音が聞こえた。
俺たちはすぐにその足音の主と出くわす。
「あっ、にぃ」
階段から降りてきたのはゆめだ。おそらく、両親の寝室で部屋着に着替えていたのだろう。
ゆめはトラの着ぐるみを着ていた。先日、母さんがゆめちゃんに絶対似合うからといって衝動買いをしてきたものだ。実際、似合っていたし、この着ぐるみを着たゆめは、まるで子トラのようだった。
ゆめトラを見た瞬間、遼たちの動きが止まる。
そして――、
「「「かわいー」」」
もうゆめトラにメロメロだった。
遼たちに驚いたゆめは、とっさに俺の背後に隠れる。
「ははは。ゆめ、この人たちはお兄ちゃんの友達。ほら、自己紹介して」
ゆめは少しためらったが、すぐに俺の背後から出てきた。
「桂ゆめ、小学二年生……です」
最後にぺこりとお辞儀をする。
直後、まるで電撃が走ったかのように遼たちは固まった。
そして――、
「や、やばい…、可愛すぎる……」
「グフッ」
「……」
天を仰ぐ者、吐血する者、石化する者。みんなしてゆめトラにやられた。
「あっ、あーちゃん!」
遼たちがゆめトラに骨抜きにされている一方、ゆめは志藤さんを見つけたようだ。
俺の家で魔導の訓練するようになったことで、志藤さんがゆめと会う機会も多くなったからか、ゆめは志藤さんにすごく懐いた。志藤さんもゆめにまるで姉のように優しく接している。そしていつの間にか、ゆめは志藤さんをあーちゃん、と呼ぶようになっていた。
ゆめはパタパタと志藤さんに駆け寄り、そして、ひしっと抱きつく。
「ゆめ、あーちゃん大好き~」
そんなゆめを志藤さんは優しく撫でる。
すると、ゆめは嬉しそうに目を細めながら、さらにひしっと抱きついた。
身内びいきがあるのかもしれないが、そんなゆめは本当に可愛い。志藤さんの顔も見てわかるほどデレデレになっていた。
他方、遼たちはというと、ゆめトラを志藤さんにとられた悔しさで血の涙を流していた。
「ねえ、あーちゃん、一緒にあそぼ~?」
ゆめは志藤さんに抱きついたまま顔を上げる。
「うっ」
志藤さんはそんな声を上げると、なにやら葛藤し、そして、
「ご、ごめんなさいね。きょ、今日は、お姉ちゃんたち、勉強をしないといけないの……」
心を鬼にしながら、ゆめの誘いを断る志藤さん。
あのゆめトラの誘惑に勝った志藤さんを心の中で称賛する。母さんであれば一瞬で敗北するし、俺と父さんでもあのゆめトラの破壊的な可愛さに勝つことができない。
「うーん、わかった~。それじゃ、ゆめはリビングで本を読んでる。あっ、そうだ、今日、あーちゃんに渡したいものがあるの」
「えっ、なにかしら?」
ゆめはポケットをゴソゴソとすると、やがて一つのキーホルダーを志藤さんに渡す。
それは子トラのキーホルダーだった。
「それ、二つ持ってるから、一つあーちゃんにあげる」
志藤さんはキーホルダーを受け取ると、もう一度、ゆめの頭を撫でた。
「ありがとう。このキーホルダー、大切にするわね」
「うん! お勉強、頑張ってね」
そうして、ゆめトラはみんなを魅了した後、パタパタとリビングに向かった。




