42(12)話
「――――だめ」
俺が提案しようとした瞬間、彼女の顔が真剣なものに変わった。
「怪異の討伐に桂君を巻き込むことはできない」
「いや、でも――――」
「桂君に何ができるの? たしかに桂君は魔導師なのかもしれない。でも、魔力は持っていない。さっきの魔導だって、まぐれみたいなものだよね? 次、同じ状況に陥ったとして、再びあれが使えるのかは分からない」
「……」
たしかに彼女の言う通りだ。
俺は魔力を持たない。自分ひとりで魔導を使うことができない。
さっきの魔導だって自分でもあれが何なのか分かっていない。もしかしたら、次は使えないかもしれない。
それに、ついさっきまで、あの鵺や人狼に怯えていた自分だ。七海についていくとなれば、当然、自分の身を危険に晒すことになる。
もしかしたら、先ほどの魔導で鵺を倒すことができたことで、今だけ気を大きくしているだけなのかもしれない。
それでも――――、
「友達が傷ついているのに、それを黙って見ているだけにはなりたくないんだ」
「えっ?」
七海は目を見開いて、声を上げる。
「俺は知らなかった。怪異がいて人を襲っていることも、その怪異を七海のような魔導師が命を懸けて討伐していることも。ただ、平和の中で過ごしてきた。でも、もう知ってしまった。怪異に襲われて俺みたいな一般人が犠牲になっていることも、七海たち魔導師が怪異との戦闘で傷ついていることも。そして、それを知ってしまったからには、知らなかった前に戻ることはできない。俺はもう、七海たちが傷ついているのに、それを知らないふりして日常を送りたくないんだ」
――先ほどの校舎での出来事を思い出す。
自分はあの時、鵺に襲われている男の人を見捨てた。彼は自分に助けを求めたにもかかわらず、自分に力がないばかりに彼を助けることはできなかった。
彼に背を向けた時、彼を見捨てて走っていた時、後ろからは彼の声が幾度となく聞こえた。
やるせなかった。自分の力のなさを憎んだ。
――グラウンドでの出来事を思い出す。
七海は自分を逃がすため、自ら犠牲になろうとした。どう考えても死ぬのは避けられないのに、武器を構え、最後まで戦おうとした。それにもかかわらず、自分は、現実から目を背けようとした。現実に悪態をつけるだけで、何もしようとはしなかった。あのときの声がなかったら、自分はそのまま佇んでいたに違いない。
情けなかった。彼女に申し訳がつかなかった。
だから、もう同じ過去を繰り返したくない。傷ついている人が、犠牲になっている人が近くにいるのに、見て見ぬふりをするなんてできない。
「七海の邪魔は絶対しない。自分の身は自分で守る。……だから、怪異の討伐に俺も協力させてほしい」
彼女に頭を下げて懇願する。
「……」
少し肌寒い夜風が二人の間を通過する。
どれくらい時間が経ったのだろうか。
やがて、再び彼女はため息をついた。
「……だめって言っても無駄なんでしょ?」
その言葉に、がばっと顔を上げる。七海はあきれた顔を浮かべていた。
「ってことは……」
「わかった。怪異の討伐に連れて行ってあげる。……でも、自分の身は自分で守って」
「ああ、もちろん」
こうして、俺は七海の怪異討伐に協力させてもらえることになった。




