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42(11)話

 残り火がパチパチと音をたてるグラウンドの真ん中で俺たちは腰を下ろしていた。もうくたくただった。

 七海は足を怪我しているし、俺はそんな彼女を運ぶだけの体力が残っていなかった。

「た、助かった……」

 七海は目の前の光景に唖然としていた。

 あれほど多くいた鵺は全て炎蛇が呑み込んだ。それこそ、灰一つすら残さずに。

 炎蛇も役目を終えると姿を消した。今は、至るところで残った炎が揺らめいているだけだ。だが、それももうじき消える。

「みたいだな……」

 自分たち二人だけとなったグラウンドを見つめる。

 森の奥から虫たちの音色が聞こえる。その音色が、自分たちの生を実感させてくれた。


「……ねえ、今のは?」

 七海が問いかけてきた。その目は真剣だった。

 ここまでくれば隠すのは困難だろう。なにせ、彼女の目の前で魔導を使ったのだ。

「……俺、魔導師なんだ」

 天を見上げる。ここは空気が澄んでいるからか、街の中よりもより多くの星々を眺めることができた。

「父さんも母さんも、そして妹も魔導師でさ。いわゆる魔導師一家ってやつ。でも、俺だけ魔力を生まれた時から持っていなくて……。だから、七海や他のみんなにも魔導師ってことは隠していた」

 七海はこちらをじっと見つめていた。そして、ゆっくりと目を伏せる。

「……だから、私の魔力を使ったんだ」

「うん、そう。俺は魔力を持ってはいなかったけど、他人の魔力を操って魔導を使うことはできた。だから、七海の力を借りたんだ」

 他人の魔力を使うのは至難の業だ。

 人それぞれに魔力の個性があるし、体内の流れ方も違う。他人の魔力を使う場合、それらを読み取って、それぞれに適した形で行使しなければならない。

 七海の魔力を操るのは初めてだったが、上手くいってよかった。


「あの魔導はなに? 私、あんな魔導は見たことなかった」

 七海の問いに俺は首を振った。

「いいや、俺も知らない」

「えっ、どういうこと?」

 七海が首を傾げた。

「七海が俺に逃げろって言ったときにさ。声が聞こえたんだ。優しくて、どこか懐かしい声。その人がさっきの詠唱を教えてくれた。俺は、その詠唱を真似しただけだったんだ」

 その時のことを思いだすように遠くを見つめた。

 今でも、その人が誰なのかは検討もつかない。ただ、その声があったからこそ自分たちは助かった。

「ふーん、変なの……」

 俺の表情から先ほどの言葉に嘘がないと分かったのだろう。七海はそれ以上、追及してくることはなかった。


「なあ、七海。俺からも聞いていいか?」

 俺は隣の七海へと顔を向ける。

 彼女はこげ茶色の髪を夜風でたなびかせながら、静かに夜空を見上げていた。

「だめ……、って言っても無駄なんでしょ?」

「……」

 返事の代わりに七海をじっと見据える。

 彼女は横目でちらりとこちらの表情を確かめると、ふうっとため息を吐いた。

「わかった。教えてあげる」

 彼女は再び夜空へと視線を移した。そのままゆっくりと口を開く。


「ねえ、桂君は怪異(かいい)って言葉を聞いたことがある?」

「いいや」

 聞いたことのない単語だった。

「怪異ってのはね、人狼や鵺、屍鬼など空想上の怪物の総称。そいつらは夜中、現世に生れ落ちて、人を襲うの。さっきの鵺も怪異の一種」

「それを七海たちは倒しているのか?」

 これまで何回か彼女が怪異を倒しているところを目撃したが、彼女の動きは素人のそれではなかった。普段から戦闘に身を置いているプロの動きだった。

「うん。私たち笹瀬家も桂君のとこと同じように魔導師の家系なの。そして、代々この辺りの怪異を討伐してきた。私の他にも全国各地に怪異を討伐する魔導師がいるよ」

「だから今まで怪異の存在が世間で取り上げられなかったのか」

 魔導師の存在は一般人に認知されていてもマスコミに怪異の存在が取り上げられたことはない。

「そういうこと。基本的には私たち魔導師が、怪異が人を襲う前にこれを討伐する。もし、怪異による被害が出ても、有名な魔導師の一族が政界や経済界と通じているから、真実を握りつぶすことができる。桂君も聞いたことはない? 紅家とか」

「ああ、聞いたことがある」

 紅家といえば、西日本の魔導師たちを統括する魔導師の名家だ。なるほど、そんな一族が国の上層とつながっているのなら情報操作も簡単だろう。


「でも、最近は異変が起きている」

「えっ?」

「ニュースでやっているでしょう。例の変死事件」

 変死事件。

 若い女性が干からびた状態で発見されたという奇怪な事件か。たしかに最近はニュースでたびたび報道されているし、俺はこの前の夜、その事件を実際に目にした。

「あれ、怪異による犯行なんだよね。でも、その怪異はまだ発見できていない。だから、事件も立て続けに起きている」

 彼女は手元にある砂を掴み、それをぎゅっと握りしめた。その仕草から彼女のやるせなさが伝わってきた。


「さ、これが私の話せることの全部。どう、満足した?」

 七海が夜空から目線を下ろし、こちらに振り返る。はかなげな笑みを宿して。

 そんな顔をする七海を放っておくことはできなかった。

 彼女は夜な夜な、あの怪物たちを倒して回っていた。

 自分たち一般人がのんきに日々を送っている裏側で。

 あんなにも傷ついて。あんなにも苦しんで。

 だったら、自分にできることは――?

「ああ、満足した。……なあ、その怪異の討伐なんだけど――――」


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