42(10)話
「えっ……?」
――――「《●□〇▽▼××〇△●》」
何がなんだかよくわからなかった。
もちろん、周囲には七海と鵺の他にはいない。
でも、その声は優しくて、懐かしいと感じた。
――――「《――――――――》」
そのとき、いつも夢では何を言っていたのか分からなかった言葉が鮮明に聞こえた。
「ッッ⁈」
体中に電流が走ったように感じた。
自分はこの詞を聞いたことがある。どこで聞いたか、いつ聞いたか、そもそも誰の言葉だったかも何も思い出せない中、それだけは確信が持てた。
そして、この詞が今の自分たちを救ってくれる。
俺は七海にゆっくりと近づいた。
「ちょ、な、何してんのっ⁈」
後ろから足音が近づいてくるのが聞こえて、彼女がこちらに振り返った。彼女は、まさか戻ってくるとは思ってもみなかったようで、すごく戸惑っていた。
それは鵺たちも同じだった。逃げ出すと思っていた人間が戻ってきた。何事かと警戒感を露わにし、その場に佇む。
「な、なんで戻ってきたのっ⁈」
七海が怒鳴る。当たり前だ。自分が逃がそうとした人間がのこのこと戻ってきたのだから。
しかし、俺は無視して彼女の隣に屈む。その瞳にはしっかりと鵺たちを捉えている。
「ちょ、なにをす――――」
「七海、……少しだけ力を貸してくれ」
彼女の言葉を遮る。俺は彼女の肩に手を置いた。触れた途端、少し彼女の体がびくついたのが感じ取れた。
「はっ? 一体何を――――」
彼女が抗議の意思を示す。
でも、今はそんなことにかまけている余裕はない。
「――――【接続】」
目を閉じ、最初の詞を口にする。
「えっ?」
突如、俺たちの周囲を漆黒の魔力粒子が覆い始める。粒子たちはまるで生き物のように、俺たちの周囲でダンスを踊る。
「――――《隔世に住まう炎蛇よ。灰も残さぬよう喰らい尽くせ》」
その詞が発せられるや否や、粒子たちが今度は規則正しく配列し始めた。まるで指示されたかのように、粒子たちは定められた箇所にその身をやつしていく。
幾何学的な文様が浮かび、次に古代の文字が描かれていく。
そして――――、
「うそ……」
隣で七海が言葉を失う。
描かれた魔法陣から蒼炎の巨大な蛇が顕現した。
炎を纏っているのではない。炎で形づくられた、正真正銘の炎蛇だった。
周囲を炎で焼きながら、そして自らも業火をはためかせながら、現世に降りたった炎蛇は、金色に輝く瞳で鵺たちを睥睨する。
鵺たちはその迫力に圧倒され、怖気づいている。
「炎蛇よ」
俺は彼女から手を放し、立ち上がる。真っすぐ鵺たちを見据えたまま、ゆっくりと片手を上げる。
そして、
「あいつらを全て焼き尽くせ」
そう口にすると、ピッと勢いよく挙げていた手を振り下ろした。
直後、炎蛇は鵺たちに向かって躍りかかる。
彼らは本能的にやばいと感じたのだろう。すぐさま炎蛇から逃げるような仕草をとった。
しかし、その巨体に反して炎蛇の動きは速かった。一瞬で鵺たちとの距離を詰め、大きな口を開ける。
鵺たちが恐怖に顔を歪めるが、そんなものに構いはしない。
次から次へと鵺たちを呑み込んでいく。炎蛇が通過した地点には、灰一つ残らない。
業火がうねり、喰らい、焼き尽くす。
その光景は、まさに一方的な蹂躙、強者による捕食であった。
炎蛇は気の赴くままに、鵺たちを喰らい、その数を減らす。
やがて、最後の一匹となった鵺を頭から呑み込んだのだった。




