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42(9)話

「はあ……、はあ……」

 あれから俺たちは何とか校舎の外に出ることができた。後は校門へと向かうだけだ。

 ここまで全力で走ってきたからか、体力もすでに限界だった。それに、今は七海を背負っている。その分、こちらの体力消費も激しい。

 息も絶え絶えで、最初より走るペースも減速している。自分でもどうして今走れているのか不思議なくらいだ。

 しかし、校門まであと半分という場所で、俺たちは鵺に追いつかれた。

「くっ」

 あれから一度も振り返らなかったが、すぐ後ろからは奴らの足音と鳴き声が聞こえてくるので分かった。

 グラウンドの真ん中で、視線を上げる。もう出口は見えている。あと少しでここから出られるのだ。


 なのに……


 もっと早く走れ、と両足を叱咤するのに上手くいかない。足が重くて、思うように動かない。まるで、自分の足じゃないような気がした。


 このままでは……


 気持ちが急く。

 せっかくここまで来たのに。

 もう少しでここから逃げ出せたのに。

 後悔が、恐怖が、絶望が、一気に押し寄せてくる。

 すると、そのとき――、


「いたっ」


 鋭い痛みが右肩に走った。

 痛みのあまり、背負っていた七海を地面に落としてしまう。ドサッと七海が転ぶ音がした。

「ご、ごめんっ」

 動かしていた足を止め、後ろに振り返る。

 彼女は両手を地面につけて、上半身を起こした。足を怪我しているので、立つことはできない。

 すぐさま彼女の下へと戻ろうとする。


「来ないでッ」


 しかし、その足は彼女の怒鳴り声で地面に縫い付けられた。

「ここまで連れてきてくれてありがとう。……でも、私はここまで」

「えっ?」

 彼女の言葉の意味が分からなかった。いや、理解したくなかった。

 七海が二本の小太刀を構える。そのうちの一本には、まだ固まっていない血がついていた。

「ッッ⁈」

 それを見て、俺は先ほどの痛みの正体を知った。

 七海は俺の方へ振り返ろうとはしない。

「あいつらは私が相手をする。その隙に、……桂君は逃げて」

 その声には決意がこもっていた。自らの死を覚悟した者だけが発する声だった。

 七海は力強く小太刀を握りしめる。簡単に喰われるつもりはない、一匹でも多く道連れにしてやる、と言うかのように。

 鵺たちは既に速度を落としていた。彼女が小太刀を構え、その瞳に闘志の色が宿らせていたのを警戒したのだろう。

 彼女と鵺たちとの距離が徐々に縮まっていく。


「な、七海……」

 俺はどうすることもできず、その場で立ちすくむだけだった。彼女を助けに行くことも、ここから逃げることもできなかった。

 一番、最悪の選択だ。せっかく、彼女が逃げる時間をくれたというのに、それを無意味にするものだ。

 でも、どうしたらいい。


 ――――彼女は友達だ。

 転校してきたばかりの自分に話しかけてくれて、教室ではいつも一緒に過ごしているクラスメイトだ。彼女のおかげで、星華学園での生活がとても楽しいものになった。


 ――――彼女は恩人だ。

 自分が人狼に襲われたとき、彼女は自分を助けてくれた。彼女がいなかったら、自分はあの時、確実に死んでいた。


 そんな彼女をこんなところに置いていく。そう簡単にできるはずもない。

 そもそも、なんで自分がこんな目に合っているのだ。なんであんな怪物に襲われているのだ。

 心の中の葛藤はやがて現状に対する怒りに変わる。


 自分はただ、一般人として、可もなく不可もなく過ごしてきただけだ。

 友人と一緒に遊んで、家族と他愛もない話をして、そうした平和な日常を送っていただけだ。

 それなのに、なんで今こんな状況に陥っているのだ。自分が一体何をしたというんだ。


「嫌だ……」

 誰にともなく、そう呟いた。

 何も考えられなくなって、なにも考えたくなくなって、どんどん頭が真っ白になっていく。

 ああ、このまま、なにもしなかったら楽になれるだろうか。

 そう完全に思考を放棄しようとした瞬間、


 ――――「《●□〇▽▼××〇△●》」


 最近よく夢に出てくる女性の声が聞こえたように感じた。


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