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42(4)話

 時は数刻だけ遡る。

 笹瀬七海は、校門を入って、ゆっくりと校舎の方へ歩いていた。

 自分は、あいつらの気配を感じ取ることができる。

 今晩は、この廃校舎からあいつらの気配がした。自分はその気配をたどってここまでやってきた。


 グラウンドを横切り、校舎の前まで来る。

 今では珍しい、木造の校舎だった。

 ところどころ草の蔓が巻き付き、中には腐っている部分もある。

 七海は、静かに正面玄関から中に入った。

 ずらっと並ぶ靴箱には、当然だが一足も靴が入っていない。廊下の部分は土足で入れる玄関部分よりも一段高くなっていた。

 さて、あいつらはどこだろうか……

 そんなことを考えながら、七海は土足のまま廊下を進んでいく。

 すると、


「うわあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 いきなり奥から叫び声が聞こえてきた。

「っっ⁈」

 その声を聞くや否や、彼女は勢いよく走り出す。

 まさかこんなところに人がいると思っていなかった。

 あいつらは人を襲う。先日だって、クラスメイトの桂昂輝が襲われていた。

 この廃校舎からはあいつらの気配がしていた。もしかして、誰かあいつらに襲われているのだろうか。

 嫌な汗が背中に流れるのを感じながら彼女は急ぐ。

 ところどころ床板がせりあがり、さらに小石や窓ガラスの破片が散らばっているものだから足場が悪い。


 いくつもの空き教室を過ぎた。そしてその声がしたのは、一番奥の教室。

 彼女は勢いよく教室のドアを開けた。

「――っっ⁈」

 ドアを開けた瞬間、七海は固まった。

 ズタズタに引き裂かれたカーテンに散乱しまくった机やいす。黒板や壁には至る所にえぐり取られたようなひっかき傷がある。

 そして、何よりもおぞましいのは、人だったものを貪り喰らうあいつらの凶行だった。


 猿の顔に、狸の胴体。前後の足は虎で、尾は蛇。

 そう、平家物語で登場する妖怪、――鵺だ。

 鵺たちはボリボリと、耳をふさぎたくなるような音をたてながら咀嚼している。彼らが口を動かすたびに血しぶきが舞い、彼らが口を動かすたびに肉塊が零れ落ちる。

 教室の床を鮮血が染め上げ、あたりには濃い鉄の匂いが充満する。


「た、助けてくれ……」

 あまりにも無残な光景にその場で立ち尽くしていると、奥から声が聞こえた。

 七海は顔を上げる。

 すると、視線の先には、教室の奥で尻もちをついて鵺たちに囲まれている男の姿があった。

「そ、そこのあんたっ、た、助けてくれっ」

 男は目の前の鵺に怯えながら、七海に懇願した。

 男の近くには懐中電灯があった。大方、この廃校舎で肝試しでもやっていたのだろう。だとすると、この肉塊たちも肝試しに参加していた人たちだろうか。


 男が七海に向かって手を伸ばしたことで、鵺たちも彼女の存在に気がついたのだろう。教室にいる鵺たちが一斉に、彼女の方へと振り返った。

 七海は強く小太刀を握りしめる。

 ここにいる鵺は合計四体。

 そう苦戦することもないだろう。

「――っっ」

 鵺と七海のうち、先に動いたのは七海だった。

 彼女は一番近くにいた鵺との距離を一瞬で詰め、すかさず一太刀浴びせる。そして続けざまに隣にいた鵺の頭を空いていたもう一方の小太刀で串刺しにした。

 二本の小太刀には、予め魔導がかけられている。そのため、四肢以外に一撃を与えれば十分だ。

 一撃を浴びた鵺はその深い切り傷から、頭を串刺しにされた鵺は小太刀がめり込んだ部分から体全体へと罅が入っていく。漆黒の粒子が内部から侵食し、身体を瓦解させていく。


 仲間が一瞬のうちに倒されたことで、鵺たちは七海を脅威と判断したのだろう。二体同時に彼女に飛びかかってきた。

 七海は鵺の頭から小太刀を引っこ抜き、左に跳ぶ。

 直後、彼女のいた地点を一匹の鵺が過ぎ去っていく。しかし、もう一体の鵺は、彼女が回避した地点に飛びかかってきていた。

 七海は小太刀を顔の前に構え、鵺の咬撃を受ける。

「ッッ⁈」

 その瞬間、かみついた鵺の表情が驚きの色に染まった。

 小太刀に触れた瞬間、鵺の牙がボロボロに崩れ始めたのだ。鵺はすぐさま飛び退き、七海から距離をとった。

 噛みついていた鵺が飛び退くと、七海はまた左に跳ぶ。

 次の瞬間、さきほど躱したもう一方の鵺が、彼女のすぐ横を通過した。巧みな連携だった。


 二匹の鵺は並んで七海を睨みつける。夜の闇の中でも四つの赤い瞳が不気味に光っている。

 七海は両手の小太刀をぎゅっと握りしめた。

 直後、鵺たちが七海に向かって飛びかかってきた。

「っっ」

 七海も飛び込む。目の前にあった机を足場にして上に跳んだ。ふわりと彼女の体が宙を舞う。彼女のちょうど真下を鵺が通過していた。

 彼女は自分の真下にいる鵺に向かって思いっきり小太刀を横に薙ぐ。

 鵺の背中に大きく漆黒の軌跡が刻み込まれる。

 斬りつけられた鵺は四肢を使って着地をすることができず、頭から床に突っ込んだ。最初の二体と同じように、背中から罅が入りつつある。かなりのダメージを負ったのか、ぐったりとしていて、立ち上がろうとはしなかった。

 地面に着地するや否や、彼女はすぐに振り返り、残りもう一匹の鵺に向かって襲い掛かる。

 鵺も七海が上に跳んだことで姿を見失っていたのだろう。そのため、彼女の接近に気づくのが遅れた。そして、その遅延はすぐさま命とりとなる。

「これで終わり」

 鵺が気がついたときには、七海はすぐそばまで接近していた。鵺の瞳に恐怖の色が浮かぶがもう遅い。七海は逆袈裟斬りで鵺を切って捨てる。

 直後、ドサッと倒れ落ちる音がした。

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