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30(2)話

  二章 第四



「それじゃあ、また明日、学校で」

「ええ、今晩も送ってくれてありがとう」

 志藤さんに手を振ると、彼女はぺこりと小さくお辞儀をした。


 彼女が玄関のドアを開け、家の中に入っていくのを見届けてから、俺も彼女に背を向ける。

 今日も志藤さんは母さんの下で魔導の訓練をしていた。それで夜が遅くなったから、こうして彼女を家まで送り届けたのだった。

 ゆっくりと一人で夜道を歩く。

 すぐそばの道路では、次から次へと自動車が通過していく。

 強い光を放つヘッドライトがたびたび自分の両眼を襲ってくる。その度に、俺は片手で目元を覆いながら、両眼を細める。

 文明の利器は素晴らしいとしか言いようがないが、こうやって人に迷惑をかけてしまうのは問題だよな、なんて考えてしまう。

 とはいえ、もうすぐで大通りを過ぎる。これだけの交通量があるのは、近くではこの道路くらいで一つ道を曲がれば、そこまで交通量は多くない。もう少しの辛抱だ。


 十数メートル先の十字路を左に曲がる。すると、一気に交通量が少なくなった。

 ふと、前方に公園を見つける。その公園は、このあたりでは比較的大きな公園だ。園児、児童向けの遊具が並ぶエリアと芝生が広がるエリアとに分かれており、芝生のエリアでは球技だってできる。休日には、子連れの家族たちで賑わっている。

 学園からは離れているため放課後に立ち寄ることはあまりないが、志藤さんの家からの帰り道ではこの公園の前を必ず通ることになっていた。

「ちょっと、休んでいくか……」

 ちょうど喉も乾いたところだった。公園の自販機で何かジュースでも買おう。

 気の赴くままに公園へと足を向ける。


 自販機は公園に入ってすぐの場所にあった。

「さて、どれにしようかな……」

 自販機を前に佇む。自販機の眩しすぎないカラフルな光を浴びながら、一段ずつドリンクの銘柄を眺めていく。

 やがて、一つの炭酸ジュースで目がとまり、

「あ、このメーカー、新作出していたんだ」

 お気に入りのメーカーが出した新作ジュースを凝視する。よく見てみると、「新作、秋味」とのロゴが入っていた。

「これにしてみるか」

 その新作ジュースの下にあるボタンを押す。少しして、足元からガタンっとアルミ缶が落ちる音がした。

 落ちてきたアルミ缶をボックスから取り出す。

 紫を基調としながらも所々、黄色のペイントが入っている。秋の旬、サツマイモをイメージしているのだろう。


「えっと、どこかで座って飲みたいよな……」

 あたりをきょろきょろと見回す。すると、近くに屋根付きのベンチが見えた。

「よし、あそこにするか……」

 少し足が疲れていたので、座って飲もう。この公園にも休憩目的できたのだし。

 ベンチに向かって歩を進める。

「……ん、誰かいる?」

 ベンチに近づくと、人影が見えた。

 その人物はベンチに腰を下ろして、少し背中を丸めているように見えた。

 人がいると変に緊張するので、せっかくなら一人で休憩したかったのだが、こればかりは仕方がない。幸い、ベンチも複数用意されていることだし、俺もあそこで休憩させてもらうことにしよう。

 さらにベンチに近づく。そして、もうあとちょっとというところで……


「――――ッッ⁈」


 俺はその目を疑った。

 最初に目にした通り、ベンチには先着がいた。その人は、ベンチに腰を下ろし、背を丸めていた。

 だが、ベンチで休んでいたわけではなかった。

 体は異常に細く、体と衣服の隙間が大きく空いている。頬は痩せこけ、まるで、骸骨にそのまま皮を張り付けただけのようだ。

 さらに、おぞましさを覚えるのは、その人の目。本来、瞳があるはずの場所になにもない。まるで今真上に広がっている夜空のようにその場所には虚空が広がっていた。

「な、なんで……」

 口から発する声が震えているのが分かる。背中に冷たいものが走るのを感じた。


――――「今朝未明、園丘市高市町で一人の遺体が発見されました。身元は未だ不明ですが、二十代女性のものと思われます。警察はこの女性が何らかの事件に巻き込まれたとみて……」――――


 いつか見たニュースを思い出す。

 もしかして、同一犯人による犯行だろうか。見たところ、目の前にいる人物も髪が長いことから女性であることが分かる。その髪はすっかりツヤを失っていたが。

「と、とにかく警察に電話しないと……」

 ポケットからスマホを取り出そうとする。しかし、気が動転するあまり、スマホをポケットから取り出した直後に手が滑ってしまった。

 手元から離れたスマホは遺体の太ももへと落ちる。

「うっ……」

 そんな場所に落ちられたのでは遺体に近づかざるを得ない。不気味すぎて近づきたくないのだが、早く警察に通報しなければならないし……

「た、たたられませんように……」

 心の中で必死に祈りながら、スマホに手を伸ばす。

 遺体に顔を近づけたとき、ほのかに石鹸の香りが鼻孔をくすぐった。香水の匂いだろうか。自分の好みの香りだが、今は悠長に香りを楽しむ状況にない。

 おそるおそると落としたスマホを拾い上げる。

 そうして、急いで警察に電話しようとしたところで……


「グルルルル……」

「ガルルルル……」


 最も耳にしたくない唸り声が聞こえてきた。


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