24(5)話
「……」
唖然とするしかなかった。衝撃的な出来事が連続しすぎていて言葉が出なかった。
架空の存在だと思っていた人狼が姿を現し、自分を襲って来た。
自分はそいつらにあと一歩のところで殺されていた。
しかし、突然現れた少女が人狼たちを葬り去った。
それも見たことのない魔導を使って。
やつらはなんなのか。
あの少女は誰なのか。
なんで少女は魔導を使えるのか。
そして、自分は助かったのだろうか。
次から次へと疑問が沸き起こり、言いようのない不安が頭の中にはびこる。
すると、少女が小太刀を鞘に納めてこちらに近づいてきた。
「っっ」
背筋がビクンと跳ねるのが分かった。
こちらに歩み寄ってくる少女をじっと凝視する。最初現れたときはこの暗闇でよく見えなかったが、あちらから近づいてくることで徐々に少女の情報を認識することができた。
少女は黒衣に身を包んでいた。見たところ、自分と同年代だろうか。背は志藤さんや櫻木さんよりも少し低くて、髪は活発そうなこげ茶のショートボブで……
「えっ?」
そこで俺は少女の正体に目を疑う。
彼女も俺のことを認識したらしい。その表情に一瞬だけ驚愕の色が浮かんだ。
「……七海?」
転校初日に親しくなったクラスメイトの名前が口から零れる。
そう、目の前にいる少女は、俺のクラスメイトで新聞部員の笹瀬七海だった。
「はあ……、やっぱり桂君か」
俺の言葉で七海は確信がいったらしい。残念そうにため息をついた。
俺は七海と分かって、ほっと胸をなでおろした。
彼女は俺のクラスメイトだ。それなら、人狼たちのように危害を加えてきたりはしないだろう。
そういえば、いつか七海は一度、魔法のことを魔導と呼んだっけ。
魔導と呼ぶのは魔導師だけで、他の人は魔法と呼ぶことが多い。
それに何より、彼女は先ほど目の前で魔導を使っていた。
なるほど、七海も魔導師だったのか。
「なあ、七海――――」
安堵すると、今度は今の状況を訊ねたくなった。
俺は顔の筋肉を緩めながら七海に声を掛けようとしたが、
「ッッ」
七海の姿が掻き消えたかと思うと、突如として、喉元に小太刀が突き付けられた。
月明かりを刃体が反射し、鈍い銀色の光が目に入ってくる。
目線を上げると、そこには恐ろしく冷たい目でこちらを見下ろす七海の姿があった。
「今日、わたしを見たことは忘れて」
今まで聞いたことのない声が七海の口から発せられていた。今、彼女の纏う雰囲気も教室で会うときとは全く異なる。姿かたちは一緒なのに、まるで別人のようだった。
「ど、どうし……」
思考の整理がつかないまま、七海に問いかけようとするが、彼女は問いに答える代わりに、
「有無は言わせない。もし、今日のことを誰かに言おうものなら……」
低い声とともに、刃を上向きにする。
自分のあご先に刃先があたり、血の滴が刃先につたわる。
これがあの明るい七海なのか?
クラスのムードメーカーで、俺と友達になってくれた、あの?
あまりの性格の変わりように、疑問が次から次へと湧いてくる。
しかし、今はそんな悠長に考えている暇はない。七海が自分を本当に殺すとは思いたくないが、この変わりようでは万が一のこともある。
「わ、わかった……」
俺はその言葉を発するのが精いっぱいだった。
七海はじっとこちらを見つめる。
黒衣と同じ真っ黒な瞳に俺の引きつった顔が映っている。
どれくらいそうしていただろう。
肌寒い秋の夜風が二人の間を過ぎ去る。
やがて、
「……、ならいい」
七海が小太刀を鞘に納める。
どうやら納得してもらえたようだ。
七海は小太刀をしまうと、ゆっくりと参道の方へと歩いていく。
「……」
俺は闇夜に消えていく彼女の背中を呆然と眺めるしかできなかった。
ここまで読まれた読者の皆様の中には、この作品はラブコメじゃなくね? と思われる方もおられると思いますが、ここは独断と偏見でローファンタジーではなく、ラブコメで続けさせてくださいm(_ _)m




