24(4)話
分かれ道に到着するや否や、スピードを落とさずに左に曲がる。
当然、人狼たちも俺の後を追って来た。
一歩、一歩と地面を蹴るたびに落ち葉、小枝が舞い散る。
足元、背中に泥が飛び散るのもかまわず、一心不乱に足を動かした。舗装が全くされていない獣道を急いで、でも転倒しないよう全力で走る。
人狼たちが自分のすぐ後ろをついてきているのが感じ取れた。
人狼たちの足音はどんどん迫ってくる。
「はあっ、はあっ、はあっ」
自分の心臓がまるで耳元にあるかのように強く脈打っている。
肺が痛くなるほど呼吸も荒い。
いくつもの木々が自分の横を過ぎ去っていく。でも、似たような景色が続いているからか、そこまで進んでいる気がしない。そのことが、さらに自分の恐怖心を駆り立ててきた。
なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで……、と疑問が次から次へと湧き出てくる。
怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い……、と恐怖がどんどん頭の中を支配してくる。
そうして、永遠にも感じられるひと時が過ぎ去ると、俺は裏山の頂上に辿りついた。
神社本殿の側壁が視界に映る。
少し開けた場所に、闇夜に染められた真っ黒な木造の建物が目の前にどっしりと構えられていた。
しかし、ここに到着したからといって、ここで足を止めるわけにはいかない。足を止めればあいつらに捕まってしまう。
俺はそのまま足を止めず、神社の横を過ぎ去る。
目指すのは神社の参道。そこから住宅街へと降りることができたはずだ。
だが、それは叶わなかった。
「ヴッ」
人狼のうちの一匹がこちらに飛びかかってきた。
「えっ」
ちらりと後ろを振り返ると、黒い影が目前に迫ってきているのが視界に映った。
思わず声を上げたのと、両肩に重い衝撃がかかったのはほぼ同時だった。
飛びかかった人狼は俺の両肩を掴み、地面に押し倒してくる。
鋭い牙を覗かせる口元から涎が零れ落ち、俺の頬を濡らす。
「くそっ、くそっ」
暴れて引き離そうとするが、四肢をしっかりと押さえつけられているので、それは叶わない。
「グルルル……」
人狼は喉を鳴らし、舌をはいずらせる。金色に光る眼が卑しく細められる。
――――喰われる
これからたどる自身の運命を悟った。
こんなことなら、天体観測なんかしようと思わず、真っすぐ帰宅すればよかった。
人狼が顔を近づけてくる。
「ッッ」
ぎゅっと目をつぶる。
「――――【接続】」
そのとき、幾度となく聞いたあの詞が耳に入ってきた。
「えっ……」
瞼を起こし、声がした方向へ視線を向ける。
人狼も突然した声の方向へ顔を向けていた。
そこには一人の少女がいた。
その少女の周りを漆黒の魔力粒子がまるで生き物のように取り囲んでいる。
少女は詞を続ける。
「《異なる者よ、我が世界から消え失せよ》――――」
それは初めて聞く詠唱だった。今まで父さんや母さんをはじめたくさんの詠唱を聞いてきたが、彼女の紡いでいる詠唱を聞いたことはなかった。
少女がその詞を発した途端、漆黒の粒子は少女が手に持っていた二本の小太刀に収束する。まるでそこが居場所であるかのように、漆黒の粒子たちが二本の小太刀へと集まっていく。
「……」
少女が黒粒に覆われた小太刀を胸の前で構えた。
小太刀を構える少女を見て、人狼たちもこの少女が危険人物だと判断したのだろうか。俺に覆いかぶさっていた人狼は、俺から離れ、正面から少女に対峙し、もう一匹は彼女の後ろに回っていた。
「「ヴッ」」
人狼たちが一斉に襲い掛かる。
まず、少女の後ろから人狼が鋭いかぎ爪を振り下ろした。
少女は振り返ることなく、上体を横へ軽く逸らすことで回避。そして、逸らした瞬間、逆手で持っていた小太刀をそいつの胸元に突き刺した。
「ヴッ」
人狼から苦痛の声が漏れる。
しかし、人狼はもう一匹いる。
今度は前方からもう一匹の人狼が大きく口を開けて、少女の頭からかぶりつこうとしていた。
だが、少女は身をかがめることでそれを回避する。
人狼の攻撃は大量の空気を噛みしめるだけに終わる。このとき、人狼には大きな隙ができた。
少女がその隙を見逃すことはなく、その無防備な胸元に冷静にもう一本の小太刀を突き立てる。
「グラアアアァァァ」
人狼が激痛に悶える。
目を凝らすと、小太刀に収束していた漆黒の粒子が人狼たちの体内に流入しているのが見えた。
そして、次の瞬間、俺は信じられない光景を目にする。
人狼たちの体に罅が入り始めたのだ。
その罅は少女に小太刀を突き立てられた箇所を中心にして、体全体に広がっていく。
まるで、患部から流入した漆黒の粒子が体内から人狼の体を蝕んでいるようだった。
「グラッ、グラッ」
「ヴッ、ヴッ」
人狼たちの体がボロボロと崩れ落ちていく。
胸、腹、足……、そして最後に頭も灰のように粉々になる。
一分もしないうちに人狼たちは完全に崩れ去り、その身体をなしていた部分は秋の夜風に運ばれていった。




