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24(3)話

「ありがとうございました~」


 店員さんの少し疲れが混じった声を背中に浴びながら、俺はレンタルビデオ店を後にした。

「ふう、これで晩ご飯にありつける」

 ついさっき、母さんから頼まれていたブルーレイを返し終えた。後はこのまま真っすぐ帰宅すれば、ようやく晩ご飯にありつける。

 家を出る前、母さんが今晩はから揚げにするって言っていたっけ。

「楽しみだな……」

 気持ち早足で帰宅の途につく。

 真っ黒なアスファルトを白銀に輝く街灯が淡く照らす。

 時折、車が通り過ぎる以外、周囲から音は聞こえない。


 ふと夜空を仰ぎ見た。

 そこでは数多の星々が自分の存在を主張していた。

 白い星、若干赤が混じった星。

 眩しい星、弱い光しか放たない星。

 大きい星、小さい星。

 そして、その星々を温かく包み込むように金色の月が淡い光を放っていた。

 さすが田舎というべきか、このあたりはよく星が見える。


 そんな心洗われる光景に目を奪われていると、ある考えが頭の中をよぎる。

「ちょっと天体観測でもしていくか……」

 少しくらい遅くなっても大丈夫だろう。

 このまま真っすぐ帰宅するつもりだったが、もう少しだけこの星たちを眺めたくなった。

「星を見るなら、あそこの方がいいよな……」

 目線の先にあるのは星華学園の裏山。

 ここよりさらに周囲の光が邪魔しないので、よりきれいに星たちを見ることができるだろう。

 そういうわけで、俺は星華学園へと向かうことにした。


 いつもとは違う道から学園を目指し、裏門の手前で道をそれる。そして、数軒の民家を通り過ぎれば、もう裏山の入口だ。あのレンタルショップを出てから十五分くらいしか経っていない。

 入口といっても何があるわけでもない。ただそこを境界としてアスファルトで舗装された道路から舗装されていない道へと変わるから、ここをもって入口と言っているだけだ。

 頂上付近を見上げる。

「そういえばここ、夜は初めて来たよな……」

 昼なら一度、頂上まで登ったことがある。

 休日の暇なときに、学園周辺の観光がてら探索をしたんだっけ。

 ここの頂上は開けていて、たしか神社があったはずだった。社のそばからなら星たちがよく見えるだろうか。

 そんなことを考えながら、裏山へと足を踏み入れる。


 当然、山の中に街灯なんかなく、スマホのライトを頼りに山道を進んでいく。

 昼間は青々としていた植物も今は薄暗い緑色に変わり、人々に癒しを与えるどころか、逆にどこか不気味だ。そこかしこに落ち葉や小枝が散らばり、山に入る前よりも自分の足音がよく響く。

「本当に真っ暗だよな……」

 誰にともなく独り言ちる。

 お化け屋敷とかは大丈夫な方だが、こうも暗くて人の気配がないと自然と体中に緊張が走った。

 独特の緊張感の中、ゆっくりと歩を進めていくと、やがて分かれ道に出た。

「さて、あと少しか……」

 ここを左に曲がって山を登っていけば神社に到着する。真っすぐ進むと、この裏山の入口のうちの一つにぶつかったはずだ。

 ふと、スマホの画面に目を向けた。


『お願いしたブルーレイはもう返してくれた?』


 スマホには母さんからのメッセージが届いていた。

「あ、母さんに連絡するのを忘れてた……」

 そんなにここで長居をするわけではないが、夜も遅い。何も連絡しないと、母さんも心配するだろうから、簡単に連絡だけしておいた方がいいだろう。


『うん、返し終わった。星が見たいからちょっとだけ寄り道していくね』


「よし、これでいいかな」

 メッセージを打ち終えると、送信ボタンを押す。すぐ後に、スマホの画面には「送信完了」との文字が現れた。

 母さんへの連絡を済ませたことだし、早く神社へと向かおう。そう思って再び目線を上げる。

 すると――――、


「ッッ⁈」


 目線の少し先、そこで俺は()()()()()を見つけた。

 犬や猫など具体的な名前ではなく、生物、と言ったのはわけがある。

 そいつは、俺が知っている動物や昆虫、どれにも当てはまらなかった。

 シルエットとしては犬、いや、狼に近い。しかし、そいつは人間と同じく二本の足でしっかりと立っている。

 銀色の体毛とそれと対照的に光る金色の両眼。そして、一番の特徴は骨さえ簡単に砕くような大きな牙がその口元から生えている点。


 ――――(じん)(ろう)。別名、狼男。


 小さい頃に物語で出てきた空想上の生物の名前が頭の中をよぎる。

 なんでここに? いや、そもそもこいつはなんなんだ?

 次から次へと疑問が湧き出てきた。

 それに、さっきから体の震えが止まらない。まるで、本能が今すぐ逃げろと自分を叱咤しているかのようだ。

 そいつは、金色の両眼でじっとこちらを凝視しながら、ゆっくりと近づいてくる。

 体中から冷たい汗が溢れ出してきた。

 もと来た道を戻ろうと後ろを振り返る。

 しかし、そのまま戻ることは難しそうだった。


「ッッ⁈」

 振り返ると、距離数メートル先にもう一匹の人狼がいた。


 ――――挟まれた。


「グルルル……」

 そいつは喉を鳴らしながらゆっくりと近づいてくる。

 そいつが一歩、二歩と歩を進めるたびに、自分の心臓がどんどん強く、早く脈打つのが感じ取れた。

「はあっ、はあっ……」

 無意識に呼吸が早くなっている。

 今なにが起こっているのか、全く理解ができているわけではないが、これだけは確信めいたものがあった。――あいつらに捕まったらマズい。

 それだけは本能が自分に訴えかけていた。

 目線を戻す。相変わらず、目の前の人狼はこちらを凝視しながら近づいてきていた。

 そのまま真っすぐ進めば、あの人狼に捕まる。かといって、後ろに引き返そうにも、それもできない。

 それならどうするか。

 ちらりと左に視線を動かす。

 すぐそこには頂上へと向かうための道がある。


「こうなったら……」

 覚悟を決める。このまま何もしなければ、そのままあの人狼たちに捕まる。

「くっ」

 強く地面を蹴り、すぐそこの分かれ道を目指す。

「「ヴッ」」

 こちらが走り出した瞬間、人狼たちも駆け出してきた。


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