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18話★

「「「ひいっ」」」


 その直後、あまりの恐怖に女子生徒たちは気を失う。

 現れた幽霊はさまざまだった。落ち武者、長髪の女、座敷童、首無し、のっぺらぼう、幽鬼――――。

幽霊たち(かれら)は、まるで志藤さん(あるじ)を守るようにしてその背後に佇む。その肌で感じる温度はまるで秋の夜のごとく寒く、いまだ周囲にはあの奇怪な笑い声が響いている。この教室を含めた一帯だけが、現世からかけ離れたかのようだ。


 こうなったら仕方がない……


 ガラガラッ


 俺は意を決し、教室の扉を開けた。

 すると、幽霊たちが一斉にこちらを睨んできた。

 侵入者を拒む数多の視線に一瞬たじろぐが、ごくりと唾を飲んで、ゆっくりと一歩を踏み出した。

 近づくごとに、彼女から発せられる、気が狂いそうな瘴気にあてられる。それと同時に、幽霊たちによる騒々しい悲鳴や怨嗟の声が襲い掛かってくる。足は何かがまとわりついているのか鉛のように重い。

 しかし、ここで立ち止まることはできない。魔導を暴走させた彼女をこれ以上、放っておけば、さらに状況が悪化することは目に見えている。

 俺は重い体に鞭をいれて、その歩を進める。

 瘴気とともに幽霊たちがこちらに向かってくるが、そんなことは気にしない。

 おそらく彼女の魔導は幻想系。幻想系であれば、対象者の視覚や聴覚に作用してくることはあっても、実際に危害を加えられるわけではない。現に幽霊たちは俺に対して何もできないようだった。


 少しして、俺は志藤さんのそばまでやってきた。うずくまる彼女を見下ろす。

「……ごめんなさい、……ごめんなさい」

 彼女は俺が近くまできたことに気が付いていない。さっきまでと同じように、心ここにあらずといった感じだ。

「志藤さん……」

 早く彼女を解放しなければならない。

 俺は隣にしゃがみ、右手を彼女の肩に置いた。瞼を閉じ、彼女の周囲を流れる魔力を感じる。

 そして、ふうっと息を整えると―――――


「――【接続(コネクト)】」


 直後、俺の体が紫色に輝く光の粒子に覆われた。


「《二つの針が天空(てん)を指す時、お城の鐘は鳴り響く。》」


 目を閉じ、言葉を紡ぐ。

 たしかに、俺は魔導師でありながら、魔力を持っていない。

 しかし、魔導が全く使えないわけではない。魔導を使っている者に触れることでその魔導師の魔力を操り、自身の魔導を発動することができる。


「《馬車はカボチャに、白馬はネズミに。》」


 母が我が子をあやすように優しく。

 壊れ物を扱うように丁寧に。

 志藤さんの周囲を取り巻く魔力の流れを正確にくみ取り、その流れに逆らわないよう、これを操る。

 他人の魔力を操ることは自分の魔力を使うより極端に繊細な作業が必要となる。その人を取り巻く魔力の量、流れには個人差があるからだ。それらの微細な違いを正確に読み取り、これを操作しなければならない。一歩間違えれば、さらに魔導が暴走したり、魔力による爆発が起こったりする。

 俺は集中力を高め、自分の為すべきことをする。


「《さあ、夢のひとときはもう終わり―――》」


 最後の言葉を告げるとき、志藤さんの周りにいた幽霊たちが全て霧散した。同時にあの奇怪な笑い声も鳴りやむ。――上手く解呪できたようだ。

 そう、今使った魔導は相手の魔導を解呪するもの。魔力を持たない俺が唯一使用することができる魔導だ。以前、ゆめが魔導を暴走させたときも、俺が今回と同じように解呪した。


 解呪が成功すると、志藤さんの力が抜け、後ろに体が倒れそうになる。

 俺は、そんな彼女の背中を支えた。

「すー、すー……」

 志藤さんの顔を覗き込むと、彼女はすやすやと眠りに落ちていた。魔導の暴走により体力の限界を迎えたのだろう。

「さて、どうするかな……」

 教室内をさっと見渡す。

 教室には、気を失った女子生徒が三人と俺の腕の中で眠る志藤さんの計四名。全員を保健室に運ぶことは厳しい。

 まあ、女子生徒たちも驚きのあまり気を失っただけで、特に外傷があるわけでもない。じきに目を覚ますだろう。それよりも今は、魔導を暴走させた志藤さんのことが気がかりだった。


「そうと決まれば……」

 俺は彼女の腰に手を回し、お姫様抱っこの要領で彼女の体を持ち上げる。彼女の体は、驚くほど軽かった。女の子の体重って本当に不思議だ。

 そうして、俺は志藤さんを保健室へと運ぶのだった。


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