130話
七海の小太刀がかぐらを貫いた。
全身をかぐらに打ちのめされ、ほとんど動けなかったけれど、その光景だけは目に焼き付けた。
「な、なぜ……」
かぐらが声を漏らす。
「――《石を還し、病を治す》」
俺は種明かしの詞を口にする。
「なっ⁈」
直後、かぐらの目が大きく開かれた。
地面にあった魔法陣が消える。代わりに俺たちから少し離れた地点に魔法陣の縁が現れる。
そう、本来魔法陣の縁があったのは、かぐらのいる地点より五メートル手前の位置。つまり、俺たちが今いる地点は既に魔法陣の外。
俺はそれを幻影系の魔導を使って、かぐらに誤信させた。
この魔法陣による魔導師殺しの箱庭は、新たな魔導の発動を禁止するのであって、すでに発動されている魔導を消去するものではない。
だから、俺はあらかじめ、かぐらに魔導を使った。
「なるほど……、あの爆発は魔導の暴走ではなかったというわけかい……」
かぐらがこちらを見据えながら呟く。その体には、七海の【虚無】によって罅が入り始めていた。
「ああ」
痛みをこらえながら両手をつき、なんとか上体を起こして頷いた。
あの爆発は最後に残っていた爆発用の魔導薬。
使った幻影系の魔導は、術の対象に触れる必要があった。だから俺は、煙幕の中で瓶を割り、魔導薬を爆発させた。本命の魔導の詠唱を継続したまま。
かぐらがあの詠唱を知っていたならば、かぐらは先読みして適切な行動を取っただろう。
しかし、かぐらは自分の詠唱を知らなかった。故に、自分がどんな魔導を使うつもりか予測できなかった。
無理もない。
あれは、とある小さな島に伝わる名もない伝承をもとにした詠唱だった。
魔導が大好きな母さんが、逃亡生活の中でたまたま見つけた無名の魔導だった。
かぐらの崩壊が先ほどよりも進んでいた。
「術比べは私の負けだ……。でも、良かったよ……。あんたとの術比べは心が躍った……」
かぐらは目を細めながら呟く。
さらに、かぐらの体がボロボロになっていく。
俺たちもようやく、戦いが終わるんだ、とほっと胸をなでおろした。
しかしそのとき――、
「――【色欲】」
「「えっ?」」
かぐらがそっと呟き、俺と七海が思わず声を上げた。
直後、かぐらの足元からぶっとい蔦が飛び出す。七海は突然のことに体が動かず、蔦はかぐらもろとも彼女を口刺しにする。
「がっっ」
腹部を貫かれた七海が、口から大量の鮮血を噴き出した。
獲物を屠った蔦は、ゆっくりと地面に戻っていく。
支えを失った七海とかぐらは地面にばたりと倒れた。
かぐらがこちらに顔だけ向ける。
「ヒヒヒ……、【色欲】――無詠唱で植物を操る魔導さ。第四真祖からいただいた反則技だから……本当は使いたくなかったんだけどねぇ……」
体がほとんど消滅し、後は顔だけとなったかぐらが、最後の力を振り絞って、解説をする。
「……ま、私の置き土産さ」
そう言い残すと、かぐらはその顔すらも虚空へと消したのだった。




