128話
「――【接続】」
昂輝もその詞を口にする。
今さらなにを、とかぐらが鼻で笑う。
しかし――、
「なっ⁈」
直後、動揺の声が漏れたのはかぐらの口からだった。
通常、魔導を行使するときには、自身を中心にして魔力の粒子がはびこる。
七海なら漆黒。昂輝なら紫紺。かぐらなら蘇芳。
しかし、かぐらがその詞を口にしても蘇芳色の粒子は出現しなかった。
代わりに、二人の足元から紫紺色の粒子が現れた。
昂輝がにたりと笑う。
「なにっ⁈」
かぐらはとっさに辺りを見回す。
紫粒は彼らの周りだけではなかった。視界の奥からも天に向かって流れ出ている。
「まさか……」
辺り一面から放出される紫紺の輝きにかぐらは目を大きく見開く。
――魔法陣
それは詠唱と並び、古くから用いられてきた魔導発動のための道具。
詠唱を唱えなくとも、地面に描かれた魔法陣が、術者に魔導を許す。
鳥が空から見れば驚くだろう。
だって、昂輝たちがいる森には半径一キロにわたる巨大な魔法陣が描かれていたのだから。
昂輝はただ逃げ回っていたわけではない。
線が必要なところには、かぐらに魔導を打たせた。
線が不要なところでは、かぐらの魔導を【解呪】した。
上空から見下ろすことができないにもかかわらず、常に頭の中で現状を把握しながら、かぐらを相手に立ち回った。
そして、最後に、自分が吹き飛ばされ草木をなぎ倒すことで、それを完成させた。
かぐらは周囲を見回し、自分の付けた無数の轍から描かれた魔法陣の形を推測する。
「なるほど……、魔導の強制停止か……」
ちっ、とかぐらは舌打ちする。
「ああ、今この場では、既に使われている魔導を除き、新たに魔導を発動させることはできない」
昂輝がかぐらをじっと見据える。
新たな魔導の行使を禁止する魔導。魔を払う幾何学的文様によって構築された魔導師殺しの箱庭。
もちろん、術者自身も魔導を使うことができなくなるが、左腕が役に立たず、ろくな魔導を使うことができない昂輝にとってはそんなの些細なことだ。
これでもう、かぐらは自慢の魔導を使うことができない。
「なるほど……、あんな挑発をしてちょこまかと逃げていたのは、このためだったのか」
かぐらは魔導を使えないことに煩わしさを覚えたが、それ以上に目の前の青年が作戦に心が躍った。
「でも、いいのかい? この魔導は術者自身も魔導が使えないんだろう?」
かぐらは目を細めながら、うまく自分を嵌めた策士に問いかける。
「はは……、ああ、俺も魔導は使えないよ……」
全身傷だらけとなり、肩で息をしながら昂輝が答えた。
彼がそう答えると、かぐらはまだ何か用意しているのかと勘繰る。
たしかに、この魔法陣の中では自分は魔導を使えない。つまり、ここからは肉弾戦となる。
魔導を使えないことは自分にとってデメリットではあるが、自分は第四真祖を喰って、身体能力が常人のそれを超えている。だから、たとえ魔導が使えなくとも、条件が一緒であるならば、昂輝の危機的状況は未だ続いているはずだ。
それにもかかわらず、わざわざ身を危険に晒してまで、この魔法陣を描いた意味はどこにある?
かぐらは昂輝の意図に思考をめぐらす。彼の作戦の裏をかこうともがく。
しかし、ゼロコンマ数秒の解析をしても、答えにはたどり着かなかった。
だったら、やることは一つだ。
何を考えているのかは知らないが、彼の作戦に乗っかってやる。そして、作戦を実行される前に叩き潰す。
一瞬にして、かぐらの姿が消えた。
昂輝がかぐらの姿を視認できたときには、かぐらが既に目の前にまで接近した後だった。
「それなら、ひとまずあんたを叩き潰してみようかねぇ」
彼を間合いに入れたかぐらが、彼の腹部に強烈な蹴りをお見舞いする。
「ぐふっ」
蹴りはみごと、彼の腹部にめり込み、彼は再び、後方へ吹き飛ばされた。
無様に転がり続けながら、やがて止まる。
彼は息も絶え絶えになりながら、手をついて上半身だけ起こした。
「はあ……、はあ……」
満身創痍の状態にもかかわらず、かぐらをじっと睨みつけている。まるで、まだ終わっていないと吠えるように。
かぐらは冷酷に唇を吊り上げる。
「いい根性じゃないか……。よし、死ぬぎりぎりまで蹴り砕いてあげるよ」
再度、かぐらの姿が掻き消え、彼の胸を突き上げるように蹴りを見舞う。
彼の体が宙を舞いながら、後方へ吹き飛ぶ。
彼の無防備な脇腹にかぐらの足刀が入る。――彼が吹き飛ぶ。
彼の顎にかぐらの掌底がさく裂する。――彼が吹き飛ぶ。
彼の腹部に再び蹴りを入れる。――彼が吹き飛ぶ。
幾度となく暴力が彼を襲い、その度に彼はなすすべもなく宙を舞う。




