125話
「ふう……、これで応急措置はできた」
かぐらに見つからないよう、俺は七海に連れられるようにして、本殿から少し外れた木陰に身を隠した。
視界の悪い煙幕の中では、無駄な魔力消費を抑えるため、かぐらも魔導をむやみに使うことはなかった。おかげさまで、俺たちは流れ弾に当たることもなく、なんとかここまで逃げることができた。
そして、ついさっき、俺の左腕と彼女の右足、腹部の応急措置を終えた。
といっても、見つかる危険性があることから、詠唱が長い魔導は使えない。
そのため、患部からの出血を止めるので精いっぱいだった。結局、自分の左腕は使い物にならないし、彼女の右足だって、満足に動かすことはできない。
「ありがとう、治してくれて」
止血をしたことに対して、七海が礼を述べる。顔をしかめているあたり、まだ痛みは引いていないようだ。そんな苦痛に顔をゆがめる彼女を見るのがつらい。
「いや、こちらこそ、助けくれて、ありがとう。七海が来てくれなかったら、かなりやばかった」
「でも、どうする? 悪いけど、私はもう満足に動くことができない。昂輝も余力はないでしょ?」
七海が眉根をよせながら問いかけてくる。
「ああ。正直言って、この腕じゃあ、もうさっきみたいな魔導は打てないかな……」
大規模な魔導が放てないのであれば、話にもならない。それほどまでに、かぐらは圧倒的な魔導師なのだ。
逃げたはいいが、これからなすべきことが思い浮かばず、途方に暮れる。
「せっかく、私もいるのに……」
木に背中を預けて、七海がため息を吐く。
たしかに、七海が来てくれたことで、二対一の構図だ。しかし、俺はさっきまでのように満足に魔導を使うことはできず、七海も怪我をしている。
現状として、かぐらに敵うビジョンは見えない。
「せめて、かぐらの魔導を封じられたら――」
七海は闇色に染まる夜空を見上げながら呟いた。その声は、すぐさま風に乗って掻き消えるような、本当に微かな呟きだった。
それはそうだろう。かぐらが魔導を使えなくなるなんて、絵空事にもほどがある。
彼女も、そんなことはあり得ないと分かった上で、希望的な仮定を口にした。それほどまでに、彼女も追い詰められていた。
でも、そんな現実逃避的な仮定の話が、自分の頭の中に、強い電流を流した。
「――あっ」
思わず声を上げる。
「どうかした?」
首をかしげて七海が問いかけてきた。
思い立ったのは、針の先よりも細い、突破口。でも、うまくはまれば、あのかぐらを出し抜けるかもしれない。
「あのさ、七海――――」
そうして、俺は頭の中によぎった起死回生の一手を七海に伝えた。




