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119話

「えっ?」

 唐突な言葉に耳を疑った。


「昔話をしよう。昔、一ノ瀬の男と紅の女が恋に落ちた。きっかけは些細なことだった。それから二人は一緒の時間を過ごすにつれ、深く愛し合うようになっていった。やがて、女は男の子を身籠った」


 かぐらの口から出てくるのは、どこかで聞いたことのあるような、よくある男女の恋物語のようだった。

 かぐらは過去を回想するように、遠くを見ながら言葉を続ける。


「二人は自分たちの関係を周囲に隠していた。なぜなら、二人は一ノ瀬と紅だったから。両家の者が結ばれることなんてあってはならないことだった。でも、女が身籠ったことで、その関係が明るみになった」


 篝火から零れる火の粉が夜空を舞う。

 かぐらの声と篝火のはじける音だけがこの空間に響く。


「紅家は当然、二人の婚姻を反対した。子どもも()ろすよう詰め寄った。でも、一ノ瀬家は二人の婚姻を認めた。二人は一ノ瀬家で匿われ、お腹の中にいた子――あんたを生んだのさ。もちろん、一族も当初は二人の婚姻を反対していたよ。でも私がそれを押し切った」


 そのとき、篝火が今までになく強くはじけた。

 かぐらの顔をより鮮明に、より不気味に照らし出した。


「さっき言ったように、私は自然の死期には逆らえない。それまでに体を差し替える必要がある。そんなとき、あんたが生まれたのさ。一ノ瀬と紅との子どもだ。新しい依り代としては十分すぎるほどだったし、実際、生まれてきたときの魔力は並外れていた。そこで眠っているお嬢ちゃんよりもあんたの方が親の才能を濃く受け継いだようだね。……まあ、私の思惑に気が付いたのか、二人はあんたを連れて家を出てしまったがね」


 かぐらは、迂闊だった、と当時の至らなさを振り返る。


「二人が逃げ出した後、私は一族に命じて、あんたたちの消息を追った。そして、つい先日、ショッピングモールで買い物をしていたあんたと紅咲希を見つけたとの報告を受けた。だから、私は、あのバカ息子と紅の小娘を殺し、そこのお嬢ちゃんを人質にして、あんたをここまで誘い出したのさ。そう、すべては裏切り者に対する制裁と私の新しい依り代のためだった。――おっと、話が長くなってしまったようだね。」


 全てを語り終えたかぐらがこちらをじっと見据える。


「……」

 全てを聞き終えてもなお、俺は動くことも話すこともできなかった。

 信じられなかった。父さんが一ノ瀬で、母さんが紅? そんな二人の子どもが自分だって? そんなの、はいそうですか、と簡単に信じる方がどうかしている。

 自分は桂昂輝として育ってきた。魔導師の家系ではあったけど、魔導師としては一般的な家で過ごしてきた。

 でも、たしかに自分は不自然な時期に転校することが何度もあった。今回の星華学園への転校だってそうだった。

 自分には物心をつく前の記憶なんてないけれど、もしかしたら父さんと母さんは、自分に本当のことを話さなかったのかもしれない。何も知らない、普通の子どもとして育てたかったのかもしれない。


「これが真実だが、さて、あんたは大人しく私の依り代になってくれるかぇ?」


 全てを知って困惑する俺に、かぐらはそんな言葉を投げかける。

 そのとき、自分の手を誰かが握りしめた。

 ハッとして視線だけ振り返る。

 それは七海だった。大好きな恋人の手が自分を包み込んでくれていた。

 我に返った。心が落ち着いた。勇気をもらえた。

 俺は一度、目を閉じて、再び瞼を上げる。その目にはもう、困惑も、不安も、恐怖もなかった。


「そんなの、お断りに決まっているだろ」


 かぐらを真っすぐと見つめて、拒絶の言葉を口にした。

「そうかい……」

 その顔には悲嘆も憂いもなかった。最初からこうなることが分かっていたのか、逆に、にっと口の端を吊り上げた。

「そうだよねぇ、そうこなくっちゃ」

 何がおかしいのか、かぐらはクツクツと嗤う。

「よかったよ、簡単に納得してもらえたんじゃあ退屈だったんだ。それなら、力づくであんたの体を奪うことにしようかねぇ。――――俊哉っ、ともえっ」


「「――はい」」


 かぐらが名前を呼ぶと、本殿の奥からゆめを放り投げた二人組が再び姿を現した。

「あんたたちはそっちの嬢ちゃんを始末しな」

「「御意」」

 直後、二人は残像を残し、俺たちの前に飛び出す。

 俺たちもとっさに臨戦態勢に入った。

「二対三で戦うっていうのかい? やめときな。そっちの嬢ちゃんが二人の相手をして、昂輝、あんたは私とサシの方がいい。その方があんたも思いっきりやれるだろう?」

 かぐらは眼光鋭く、俺たちを睨みつける。

 俺は、一瞬、どうしたものかと悩んだが、

「……、七海頼む」

 七海に目配せする。

「……分かった。気を付けて」

 七海はこちらの意図を理解してくれた。すぐさま境内の端へと移動する。

 俊哉とともえと呼ばれた二人組も七海の後を追った。


 かぐらの言った通りだった。

 自分も、そしておそらくかぐらも大規模な魔導を使う。七海に二人を任すのは少し不安だったが、このままだとかぐらか自分の魔導で巻き添えになるリスクがあった。

「七海も気を付けて……」

 遠ざかる背中に声を掛ける。

 七海がこの場を離れると、俺は(きざはし)の上からこちらを見下ろすかぐやを睨みつける。


「さあ始めようか。――【接続(コネクト)】」


「あまりおばあちゃんをがっかりさせるんじゃないよ。――【接続(コネクト)】」


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