表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
154/168

118話

 ゆめを横たえたまま、怒りに満ちた瞳で本殿の方を睨みつける。

「いったいどういうことだ? 俺たちはちゃんと約束どおりにここへ来たはずだ」

 ゆめの体はボロボロだった。老婆によるものか、あそこの二人組によるものかは分からないが、散々に痛めつけられていた。


 ゆめは魔導が使えるようになったばかりのひよっこだ。何も抵抗できなかったはずだ。

 ゆめはまだ小学二年生だ。ただ一方的に暴力を振るわれるのは怖かったはずだ。

 そんなゆめの、痛みを、恐怖を、苦しみを想像しただけで腸が煮えくり返りそうだった。


 老婆は俺たちの糾弾に眉一つ動かさない。

「私は妹を返すと言っただけで、無傷で返すとは言わなかったはずだがねぇ。それに、ほれ――」

 そう言って老婆は、俺たちの足元を指さした。そこには無数の小瓶――ゆめの傷を治すために使った魔導薬の残骸が散らばっている。

「これでお前たちは回復用の魔導薬を使えなくなった」

 老婆は再び気味の悪い笑みを浮かべた。

 自分の拳を強く握りしめる。

 老婆の言う通り、回復用の魔導薬は全て使った。残っているのは、七海に渡した煙幕を発生させる魔導薬と自分が持っている煙幕用の魔導薬と爆発する魔導薬の計三つ。

 ここからは魔導薬を使って傷を癒すことはできない。


「さて、まずは自己紹介からいこうかねぇ」

 老婆は依然、俺たちを見下ろしながら言葉を続けた。

「私の名前は一ノ瀬かぐら。この名前は聞いたことがあるだろう?」

 老婆の瞳が光る。

「えっ……?」

 その視線に絡みつかれたとき、その名前を耳にしたとき、自分の中に激しい動揺が走った。


 その名前は、もちろん聞いたことがあった。

 魔導師の家系には二つの名門がある。

 東の一ノ瀬に、西の紅。

 東日本の魔導師たちを一ノ瀬家が、西日本の魔導師たちを紅家が統括する。

 その両家が数々の魔導師たちの頂点に立つ理由は、数でも、政治でも、金でもない。

 とても単純明快に、魔導師としての実力。両家の魔導師にはそれ以外の魔導師が束になってようやく互角になるまで言われている。

 そして、一ノ瀬かぐらは、東の名家たる一ノ瀬家の当主だ。つまり、全国の魔導師たちの頂点にたつ存在。

 今になって初めて、目線の先にいる存在の規格外さに唖然とした。


「一ノ瀬かぐら……、かぐら……」


 ふと、視界の端で七海が老婆の名前を口にしながら、震えているのが見て取れた。

 彼女もその名を聞いて、自分と同様に恐怖や不安で震えているのだろうか。


 ……いや、違う。


 今にも飛び出していきそうな体を必死に縫い留めている。

 今にも外れそうな理性を必死に保っている。

 憎悪、敵意、憤怒、それらの感情が混じり合い、境界をあやふやにしている。


「あれ? どうやらそっちのお嬢ちゃんは以前に私とどこかで会ったようだねぇ」

 かぐらも七海の異変を感じ取ったのだろう。拳を強く握りしめながら震える彼女に目線を移した。

「ああ、誰かと思えば、十年前のあのとき、【虚無】使いと紅の嬢ちゃんが庇った妹か。……へぇ、別嬪さんになったじゃないか」

 どうやらかぐらは以前、七海と会ったことがあるらしい。当時のことを思い出したかぐらが、愉快そうに口の端を吊り上げた。

「えっ、ちょっと待って。その【虚無】使いって……」

 かぐらの一言が耳に残った。

 七海が徐に首を縦に振る。


「うん、笹瀬彰。私の……お兄ちゃん」


「――ッッ⁈」


 さらなる衝撃に襲われた。

 七海は昔、大好きな兄を怪異に殺されたと言っていた。あの公園で、彼女のむき出しの本心とともに語ってくれた。

「あのときの家族愛はみごとだったよ。兄が妹を命を懸けて守る姿、実に見応えがあった」

 当時のことを瞼の裏に焼き付けながら、かぐらは懐かしそうに語る。

 過去に浸るかぐらを七海は射殺すかのごとく鋭く睨みつけている。

「あれ、でも、七海のお兄さんは怪異に殺されたんじゃ……」

 あのとき、七海は言っていた。

 兄は怪異に殺されたと。だから、怪異を狩り続けていると。

 しかし、かぐらは一ノ瀬家の当主であり人間のはずだ。今の七海とかぐらの話からして、かぐらが七海の狙う兄の仇であるのは間違いなさそうだが、腑に落ちない点があった。

 七海はこちらの困惑を察したのだろう。かぐらから目線を外すことなく、ゆっくりと口を開く。


「かぐらは……吸血鬼なの。第四真祖かぐら――、それがあいつのもう一つの呼び名」


「――ッッ⁈」


 今度こそ言葉を失う。

 魔導師の頂点に立つ一ノ瀬の当主が怪異? そんなバカなことがあってたまるものか。

「おやおや、さっそくそのことをバラしてしまうのかい? 私としてはもうちょっと後で明かそうと思っていたんだがねぇ」

 ケラケラと不気味に嗤うかぐら。

 だが、すぐにその気味の悪い笑みを引っ込めて、俺たちを凝視した。


「――でも、正確には少し違う。正しくは、()()()()()()()()


「はっ?」

「えっ?」

 お互いの口から零れるのは驚嘆と困惑。かぐらが言った意味を理解できなかった。

 かぐらは唖然とする俺たちを見て、まるで教鞭をとる教師のように説明を始める。


「怪異の中には不死の者たちがいる。吸血鬼やヒドラがその例だね。こいつらは通常の方法では倒せない。特別の魔導が必要なのさ」


 不出来な教え子を諭すように、かぐらは朗々と語る。

 俺たちは呆然とかぐらの話に耳を傾けることしかできない。


「邪を払う魔導、いわゆる退魔の魔導さ。笹瀬家なら【虚無】が、紅家なら【蒼炎】が、これに当たる。これらの特別な魔導によってのみ、不死の怪異を殺すことができる」


 本殿を囲む篝火がかぐらの顔を照らしている。

 かぐらはそのまま言葉を続けた。


「もちろん、私ら一ノ瀬家も退魔の魔導を代々保有している。それが――【魂喰らい】。邪を己に取り込む魔導さ」


 そこで、これからかぐらが言わんとすることを察した。

 それなら、かぐらは――。


「ヌヒヒ……、どうやら私が何を言いたいのか理解したようだね。そう、私は【魂喰らい】で第四真祖を喰った。もう六十年以上昔のことになるがね」


 かぐらはにんまりと意地の悪い笑みを浮かべる。

 第四真祖を喰った、それは言葉通りの意味だった。

 魔導師の異端児(イレギュラー)、それが視界の奥にいる、一ノ瀬かぐらという存在だった。


「それじゃあ……、今のあんたは不死なのか?」

 顔に喜悦を躍らせるかぐらに尋ねる。その途端、かぐらは笑みを消した。

「残念ながら不正解。いや、半分は正解かもしれないねぇ。私は吸血鬼を喰った。おかげで彼の能力も継承した。しかし、不死の能力は一部しか継承できなかった。継承できたのは魂と精神の不死のみ。負傷は勝手に治癒するが自然の死期には抗えなかった」

 遠くを眺めながら、そう語るかぐらは残念そうだった。

 怪異を己に取り込む。それ自体が異質で、異様な魔導だ。ましてや、吸血鬼を食べるなんてもってのほか。

 そんな予期せぬ出来事の連続が能力の一部不継承という事態を招いたのだろう。


「だから私は、――昂輝、あんたを欲したのさ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ