115話
「――――分かるに決まってるでしょ……」
「――あっ」
七海のその消え入りそうな笑みを見た瞬間、我に返った。自分の愚かさを知った。
その言葉は彼女にだけは言ってはいけなかった。
その言葉を自分だけは口にしてはいけなかった。
彼女は大好きな兄を怪異に殺された。彼女も過去に肉親を失っていた。
あの公園で、彼女は話してくれた。自分にだけ、過去を、弱音を語ってくれた。
そんな彼女に、今、自分はなんと言ったか。
――――七海に分かるわけがないっ
そんなはずはなかった。七海は誰よりもその痛みを、苦しみを知っていた。
なのに自分は、負の感情を制御しきれず、七海に当たってしまった。彼女を傷つけてしまった。
激しく後悔した。自分を強く責めた。
「七海、ごめん……」
一度出した言葉を戻すことはできない。
それでも俺は、謝罪の言葉を口にした。
自分は禁句を口にした。彼女が自分を軽蔑しても仕方ないと思った。
強く彼女を傷つけた。彼女に怒りをぶつけられても文句は言えないと思った。
しかし、彼女は侮蔑の言葉を吐くわけでもなく、怒声を浴びせるわけでもなかった。
代わりに、彼女の温もりで自分を包み込んでくれた。
「分かっているから。昂輝の痛みも苦しみも。それは私も経験したことだから……」
彼女は自分の子どもをあやすように、俺の背中を優しくなでる。
そこには軽蔑も怒りもなかった。
あったのは、側に寄り添わんとする自分への愛情と恋人の苦痛をどうにか取り除かんとする献身だった。
「ごめん……、ごめん……」
ひたすら謝罪の言葉があふれ出てくる。
そんな情けない俺を七海は、
「うん……、うん……、大丈夫、私は大丈夫だから……」
そう口にしながら、優しく俺の背中を撫で続けてくれたのだった。




