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110話

 朝から空を覆っていた鈍色の雲から雨が降り出した。天気予報では雨が降るのは日没後から、と言っていたのに、どうやらもたなかったらしい。

 念のため持ってきた傘を開き、学園を後にする。

 アスファルトに雫が打ち付けられ、もともと黒かった地面をさらに黒く染める。

 周囲の建物に、地面に、そして傘に当たる雨音が周囲の音をかき消す。


「けっこう本降りだな……」

 雨の日は大変だ。

 まず自転車で通学することができない。徒歩で通学できない距離ではないのだが、所要時間は倍近くかかってしまうから、徒歩であまり通学したくなかった。

 それに、雨だと靴やズボンが濡れてしまう。傘を指しているものの、無数の雨粒を完全に防ぎきることはできない。

 不満を挙げればきりがないのだが、こればっかりは仕方がない。

 土砂降りにまではなるなよ、と心の中で祈りながら家路を急ぐ。


 途中、通学路上にある公園に立ち寄った。

 屋根がある場所まで移動し、傘を振って余計な雫を落とす。

「お待たせ」

 俺は傘を閉じながら、先客に顔を向けた。

「ううん、全然」

 先客は七海だった。七海はベンチに腰を下ろして休息をとっていた。

「にしても本当に行かなきゃだめ?」

 七海はベンチに座ったまま、気まずそうに問いかける。

「仕方ないだろ、母さんが七海を連れてこいって言ったんだから」


 食卓で母さんに七海を連れてこい、と言われた翌日。俺は七海にそのことを話して、家に来てもらうことにした。

 話した直後は、これからお世話になるし、早い方がいいから行く、って言っていた彼女だったが、いざそのときが近くなると怖気づいてしまったらしい。

「そうなんだけど……。ほら、どうしても緊張してしまって」

「この前、ショッピングモールで会ったときは普通に挨拶していただろ」

「あれは突然のことで緊張する暇もなかっただけ。あらかじめ、恋人の両親に挨拶へ行くって分かっていて、しかも家に伺うってなったら、私だって緊張するって」

 七海は口を尖らせて呟く。

 せわしなく自分の指をいじる彼女の様子からして、緊張しているのは本当らしい。


「まあ、初めて会うわけでもないしさ。それに、母さんのことだからいつも通りにしていれば大丈夫だって」

 少しでも彼女の不安を取り除くべく、彼女の安心するような言葉を探した。

「それに、俺も七海の両親に挨拶しただろ? だから今度は七海の番」

 俺は先日の出来事を思い出す。

 秋祭りのとき、七海が自分との関係が両親にバレたと言った。今回の秋祭り参加の条件が俺を彼女の両親に紹介するということも。

 だから、祭りの翌日、俺は七海の家を訪問した。

 彼女の母親は魔導師ではないらしく、俺を温かく迎えてくれたが、父親の方は厳格な人だった。おかげで、彼女の家にいる間は終始、生きた心地がしなかった。

 とはいえ、最終的には交際を認めてくれたようだったからよかったけど。


「うぅ……。それを言われると痛い」

 自分の両親に挨拶をする俺の姿を思い出したのか、七海が唸る。

「ほら、そろそろ行こう? ここで立ち止まっていたら、もっと行きにくくなるし」

「そ、それもそうか……。わかった、行こう」

 そうして、俺たちは傘を指し、再び雨の中を歩き始めた。


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