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109話

 久しぶりのあの夢を見た。

 暗い暗い森の中にいた。

 また誰かにおんぶをされていた。

 自分と自分をおんぶするその誰かは森の中を走っていた。


「ハア……、ハア……」


 その誰かは盛大に息を切らしていた。でも、少しも立ち止まる気配がなかった。

 必死に何かから逃げていた。

 どれだけ進んでも同じ景色が続き、どれだけ進んでも背後から迫る気配が途切れない。

 まるで、出口の見えない闇の中をひたすら走っているようにも感じられた。


「とまれっ」


 しかし、突然その誰かは足を止めた。いや、足を止めなければならなかった。

 目の前には、紫紺の装束を身にまとった人物が数人立ちふさがっていた。

 自分は怖くなって後ろを振り返るが、後方からは同じく紫紺の装束を纏った男女数人が追いついてきた。


「ぐっ……」


 自分をおんぶする誰かが歯噛みする。


「大人しくしろっ。もう逃げ場はないっ」


 一番近くにいた男がこちらに投降を呼びかけてくる。

 捕まったらまずい。それだけは夢を見ている自分でも分かった。

 しかし、挟み撃ちにあい、この場から逃げ出すことは困難だった。

 絶体絶命。(きゅう)()末路(まつろ)

 どうすればいいのか、何をすればいいのか。

 そうしている間にも目の前にいる人たちはゆっくりと距離を詰めてくる。恐怖が、絶望が徐々に迫ってくる。


「……仕方ないわね」


 だが、そんな窮地の局面の中、自分を背負う誰かがそう呟いた。


「――【接続(コネクト)】」


 その誰かは詠唱を開始する。

「なにっ」

 詠唱を開始した瞬間、目の前の人物たちの間に動揺が走った。

 その誰かは追跡者たちを射貫くように見据えながら、言葉を発する。

「悪いけど、手加減はしないわよ。死なないように気を付けなさいっ」

 その誰かを青く輝く光の粒子が包み込む。まるで、主を守るようにその光粒たちはその誰かを中心にして隊列を組む。


「くそっ。――【接続(コネクト)】」


 本気だと分かり、追跡者たちも詠唱を開始した。

 しかし、背中ごしでも分かってしまう。

 自分を守ろうとする誰かと目の前にいる人物たちとの力量の差を。この人たちは絶対勝つことができないと。


「――《隔世(かくせ)に住まう炎蛇よ》」


 朗々と詞が紡がれる。

 そのとき、今まではその誰かを覆っていた靄が急に薄くなっていった。

 次第に、目が、鼻が、口が、明瞭になっていく。

 そして、全てがはっきりと視認できるようになったとき、目の前の人物に驚愕した。


「――母さん」


 それはとても見慣れた顔だった。


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