108話
「「「いただきます」」」
三人の挨拶が食卓に響く。
今日も父さんは遅くなるとのことだった。そのため、今晩も食卓には母さんとゆめ、俺の三人だけだ。
大好きな母さん特性の唐揚げを頬張る。……うまっ。
ゆめも隣の席で頬をとろけさせていた。
「ねえ、こうくん」
唐揚げを堪能していると、母さんが口を開いた。
「ん、なに?」
唐揚げを飲み込んでから返事をする。
「七海ちゃん、とてもいい彼女ね」
「ぶっ⁈」
吹きだした。
「にぃ、汚い……」
「あ、ごめん、ごめん」
しかめっ面をするゆめに謝罪する。
そして、吹きだす原因を作った母さんを恨みがましく睨みつけた。
「いきなりなに、母さん」
「今日、デートしていたでしょ。七海さんと」
今日、大型ショッピングモールで七海とデートしていたときに母さんと出くわしてしまったことは記憶に新しい。
「まあ、そうだけど……」
あまり思い出したくない。今まで母さんに七海のことは黙っていたから、バレたとはいえ、蒸し返されるのはとても恥ずかしい。
しかし、母さんはこの話題を続けるようだ。
「可愛いし、礼儀正しいし、それに、……こうくんをまたやる気にさせくれた」
「えっ?」
最後の言葉の意味が分からず聞き返す。
「七海ちゃんのためなんでしょ? 魔導書を読んだり、魔導薬の勉強をし始めたのって」
「っっ⁈」
目を見張る。
七海が彼女だとバレたとして、母さんには彼女が魔導師だとは伝えていない。魔導師だと伝えていない以上、彼女と魔導書や魔導薬が結びつくことは決してない。
瞠目する俺を見て、母さんは小さく息をついた。
「お母さんだって魔導師の端くれだもの。分かるわよ、七海ちゃんが魔導師だってことくらい」
「……」
そうだった。母さんは魔導師で、それもかなりの腕前だ。一目見て、その人が魔導師か魔導師でないか見破ることくらいできてもおかしくない。
「あれだけ熱心に勉強しているなって思ったら好きな女の子のためだったのね」
「うっ……」
本当なだけに言葉に詰まる。ただ、そのことを指摘されるのはとてつもなく恥ずかしかった。よりにもよって、自分の母親に。
「まあ、それでもいいわ。こうくんが魔導にもう一度興味を持ってくれた。そのときの顔は活き活きとしていた。そんなこうくんを見られたのがとても嬉しかったもの」
母さんは目を細めながら、言葉を続ける。
「ねえ、こうくん」
「なに?」
早くこの話題を切り上げてほしい、と切に願いながら、返事をする。
「七海ちゃんを今度、うちに連れてきなさい」
「はっ? なんで急にっ」
「いいから、お母さんが七海ちゃんにお礼をしたいの」
そう言う母さんは優しい笑みを浮かべていた。母さんのその優しい笑みに俺は反抗する意思をなくす。
「……分かった」
気が付けば、首を縦に振っていた。
「ありがとう、約束ね」
母さんもその言葉が聞けて満足したのか、これでこの話題は打切りとなった。
「はあ……、七海になんて言おうか……」
唐揚げを再び口の中に放り込みながら、誰にも聞こえない程度の小さな声で呟く。
これからのことで頭の中がいっぱいだった俺は、今も母さんが目を細めながらこちらを見つめていたことに気が付かなかった。




